見出し画像

連載小説 星のクラフト 7章 #6

 ローモンドは少し思い詰めたような表情をした。
 「しばらく一人になりたい。おばあちゃまから聞いたことを思い出してみる」
 私に背を向け、ベッドの中に潜り込んだ。
 おばあちゃまとお別れの言葉を交わすこともできないままに、地球に来てしまったのだ。気丈に振舞っていたとしても、心中では様々な思いが湧いてくるに違いない。まして、偶然にも、そのおばあちゃまに読み聞かせてもらった本とここで遭遇したのだ。
 私は窓辺に座り、手に入れたばかりの重量感たっぷりの本を膝に乗せ、一枚ずつ頁を捲っていった。何が書かれているのかは全くわからない。膠で綴じられているのか、開く際に独特の擦れる音がする。おそらく古いものだが、ほとんど誰も読んでいないのか、内側の頁に書かれた文字は全く色褪せてはいなかった。
 三十分もそうしていると、ローモンドは突然むっくりと起き上がって、
「思い出したことから順に話してみる」
 と宣言した。
「まず、一番はっきりしていることから言うと、本はどうしてこのような形をしているのかについての説明のあったこと。この本だけではない、あらゆる本が、なぜこのような形をしているのか。聞いていた時には、物語上の作り話だと思ってた。もちろん、そうなのかもしれないけれど、この本には物語の部分と、説明の部分があったから――」
「本はどうしてこのような形をしているのかは、物語の部分ではなく、説明の部分に書いてあった気がするのね」
 私は急いで窓辺からベッドのローモンドの横に移った。
「説明の部分は物語の流れとは関係のないことだから、今、そう考えているだけだけど」
 ローモンドは少し気弱そうに言う。遠い記憶をなんとかして探っているのだから、それは確かなことかと、あまり厳密に追い詰めない方がいいだろう。
「そして本の形とは、本の物質的な形のこと? 紙があり、綴じてあるといった」
 それでも、つい先を急いで問い詰めてしまう。私は重い本を膝から少し上に掲げ、頁を開いて見せた。
 ローモンドはこくんと頷く。
「物語の書き方とか、説明の仕方といった内容ではなく、この本の形そのもの。スマホやパソコンでは中身の文字が画面上に並び、それをスクロールして読んでいくけれど、そのことじゃない。表紙と頁があり、背中で綴じられているその本の形よ」
 ローモンドは私の持っている本を指した。
「で、本はどうしてこのような形をしているの?」
 彼女が最初に思い出し、最初に説明したいことだと言うからには、きっと大事なことなのだろう。
「ちょっと貸して」
 ローモンドは私の手から本を取り、膝の上に乗せ、慎重に真ん中の頁を開いた。メリメリと剥がれる音がする。それから重そうに持ち上げ、
「こうして、逆さまにする」
 本を真ん中で開いたまま、固い表紙を上に、中の頁の部分を下に向けた。「何に見える?」
「山?」
「自然な山にはこんなトンネルなんかない」
「じゃあ、屋根」
「屋根だけが浮かんでいるってことはあまりない」
「んー、焦らさないで、答を言ってよ」
 頁を開いて逆さまにした本を見て、的確な何かを連想するのは難しい。
「これはね、鳥」
 ローモンドは重そうに片手で本を持ち、もう片方の手で固い表紙を翼のように動かした。
「なるほどね」
 確かにそうだ。
 ローモンドは一旦本を閉じて膝の上に置き、頁を繰って、中に仕込まれている細いリボン上の栞を探し出した。
「これは尾羽根」
 焦げ茶色のリボンをつまんで私に見せた。「本来は本の真ん中に、この栞と同じようにペンが挟まれている。書いた人のペンであり、読む人が何かを書き込むペン。それが嘴となるの。おばあちゃんの読み聞かせでは、そう言っていた」
「そう聞いてしまうと、もはやそうとしか思えないほど、その通りだわ」
 私は感動してしまった。
「そして、このことが何を暗示しているのか」
 ローモンドは眼を輝かせ、真剣な表情で私をじっと見た。
「何を、暗示しているの?」
「本とは、鳥そのものなのよ」
 もっと強く私の目をじっと見る。目を見ているのだけれど、遠くを見つめているかのようでもある。
「伝えるという意味で?」
「それもある」
「他には?」
「鳥が、人々に書かせたもの。それが本なのよ。もちろん、この本の作者が言うには、ってことだけど」
 そこまで言い終えると、少し緊張感がほぐれたらしく、目を壁の方に戻してゆるく微笑んだ。
「じゃあ、この本に使われている文字は、鳥の文字かもしれないわね」
 私が言うと、
「それはそうなのかも。ひょっとしたら鳥達の星があり、これはそこからもたらされた本だとしたら、中の文字は鳥達の文字とも言えなくはない。でも、おばあちゃまが読んでくれた範囲では、そんなくだり説明はなかったけれど」
 ローモンドはできるだけ正確に伝えようとしていた。

つづく。

#星のクラフト
#SF小説
 
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?