連載小説 星のクラフト 6章 #2
どうして絵画の中には船体の姿が皆無なのか。船体に接続している空気孔や燃料チューブも念写されなかったのか。
自室に戻ってからも、ランは司令長官から言われたことを考え続けていた。
――もしかして。
自身の手のひらを見る。二の腕、ふくらはぎ、太もも、腹。
――あり得ないと思うが。
金庫に仕舞い込んでいる船体の鍵を握りしめた感触を想起する。そして、鍵がソファに接続して、窓から飛び出して飛行した日のことを思い出す。気付くと暗闇の中に居て、どうにか暗闇から外に出ると司令長官の部屋に居た。あの時は司令長官がシャワー中だったから助かったが、もしもリビングでくつろぎでもしていたら、あっという間に見つかって大変なことになっただろう。
あの暗闇はと言えば、絵画と共にもたらされたオブジェの中だった。両掌分程度の小さなサイズのものの中に、自身の身体が入ったとは信じられないが、21次元ともなれば、不思議の国のアリスよろしく、大きくなったり小さくなったりすることができるのだろうか。クラビスなどは鳥であるインディ・チエムになることすらあるという。
――僕は、鍵を接続すると、ひょっとして。
再び掌を見る。
――クラビスがインディ・チエムになるように、僕もあの船体になる。
あり得ないと思いたいが、ソファを介してではあるもの、誤って身体に鍵を接続した日に街を飛行したのは事実だ。司令長官の部屋にあるオブジェの中に突入した出来事を自分なりに咀嚼するためには、そう考えるのが最も理に適ったことだった。
――でも、どうして行先がオブジェに?
あのオブジェは「帰還」を物質化したものかもしれない。どのような旅も必ず成功する、そして、その成功とは帰還のことだと、パーツ製作員たちの前で演説した日のことを思い出した。日数としてはそれほど前のことではないが、遠い過去のようだ。
0次元の中で発生した概念である「帰還」は、確かにあのオブジェに似た家屋へと戻ることをイメージさせる。屋根があり、壁がある家屋。実際、ナツと二人で船体に乗り込んで宇宙に飛び出した時でも、帰還する時には船体室のあるあの建築物を目指していた。「帰還」が脳の中で「家屋」と結合していたのだ。
――しかし、もうあの建物はない。
絵画になってしまったのだ。それでも概念としての「帰還」だけは未練がましく物質化したのか。
ランは金庫の中にある鍵を、今度は直接自身に装着することを想像してみた。身体は船体となり、どこかを目指して宇宙飛行する。でも、ランの究極的な成功とは「帰還」だから、どんなに遠くを目指したとしても、あのオブジェの中に引き戻されたしまうのだ。
リオの鍵はどうだろう。今はクラビスが預かっているリオの鍵。あの鍵をリオに接続すると、リオもあのオブジェへと向かうのだろうか。身体測定や血液検査、DNA検査をしてまで特注されたリオだけの鍵。もちろん、かつてはリオなりの帰る場所を持っていたはずだが、もしかすると、今、この場所でリオがあの鍵を装着すると、あのオブジェへと飛び込んいくのかもしれない。
おそらく、あのオブジェには磁力が効いている。あらゆるものの最終目的地が帰還する家屋なのだとすれば、概念の物質化したオブジェへと突入する。ある意味ではブラックホールと言えるのかもしれない。
――それにしても。
あの鍵はランのために特注されたものではないはずだ。船体の鍵だ。
――いや、待てよ。
ランはこの任務に就く前のことを思い出した。健康診断と称して、血液の採取、CT撮影、DNA診断、細部に至る身体測定が行われた。
――あの鍵は僕専用の?
だとしたら、これまでの船体での旅は、ランそのものの飛行だったのか。船体は身体保護の為に作られた単なる甲冑。ランが鍵を持ち出したために、船体の機能は0次元で粉砕されたりはしなかった。鍵が機能を確保しているのだ。0次元の建物と船体とこの身体を接続していた空気孔とチューブ類はランの体内に還元され、複雑な次元間接続を乗り越えて船体の機能を保持した。
――まさか。
両腕で自身の身体を抱きしめた。
つづく。
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