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連載小説 星のクラフト 6章 #8

 コントロールされ尽くした21次元のものとはいえ、森は樹木と土の香りがする。
 ランとクラビスは来た道を折り返すことにした。
「地球外の存在はどうしてそれほどまでに地球に興味があるのかな」
 ランは歩きながら、ずっと誰かと話してみたかったことを口にした。
「謎が多いからでしょう」
 クラビスは樹木の間から差し込まれる光に目を細めつつ歩く。
「謎?」
「地球の人間には様々な感情があるでしょう」
「地球外の存在には感情はないのか」
 ランの育った環境には地球外から来た存在しかいなかった。それでも感情がないと思ったことはない。
「あったとしても単純です。喜怒哀楽。それくらい。そんな私達の単純さについては好ましいと思いますが、複雑なものがどのような形態を持っているのかを知りたいのは当然でしょう」
 クラビスは肩に止まっているインディ・チエムを見て、「ねえ」と同意を求めた。インディ・チエムは首を傾げたままだ。飛び立ち、少し前の枝に止まる。
「地球外の星はどんな風景なのか教えてほしい」
 地球で生まれて地球で育ったランは、地球人ではないものの、地球の風景しか知らない。靴で踏みしめる落ち葉の感触はこの星そのものだ。
「私の生まれた星は殺風景でしたが、これまで中継星として使用されていた青実星は地球に類似していました。みんな青実星を通って地球に来たものです。その目的に合わせて、地球に似せて作ったのかもしれませんが」
「過去形か」
「前にも話した通り、今、そこでは異変が起きている。星の基盤となっている記憶装置が破壊され、地球に送られてくるべきものが送られてこないし、送られてくるべきではないものが送られている」
「それで、新たな中継星を作ろうとしているのが、今回の司令長官たちのミッションだったな」
 ランは歩を進めつつ、空を見上げた。ふわりと蛾のようなものが飛ぶ。ふと、自身が一体なんのためにこんなことをしているのだろうとの思いがよぎる。司令長官の指示に従って、ずっと仕事をして、その仕事は嫌いではなかったが、自分にとってどんな意味があるのかと考えてみると、よくわからない。
「それにしても、どうして、あの0次元装置には船体がなかったのでしょう。私が21次元に上がってくる前には、船体室にどっかりと鎮座していたのに。単なる装置だとしても、インディ・チエムの羽根が落ちていたことから考えれば、あの装置は現に私達が居た場所であるはずだ。船体がないのはおかしい」
 クラビスが言うと、ランはドキッとした。いっそ、鍵を持ち出してしまったことや、その鍵を自身に身体に接近させると、ラン自体が船体と化して飛行し、あのオブジェの中に舞い戻ってしまうことを話してしまいたかった。
「謎ですね」
 思いに反して、ランは打明けなかった。
 もっとも大事なことは誰にも打明けてはいけない。それがランの育った環境での教訓だった。もちろん、持ち出した鍵がそれに値するかどうかはわからないが、まだ話す時ではないはずだ。
「ところで、リオさんのことをどう思います?」
 クラビスはあらゆる謎を速やかに解決したいようだ。
「どうって?」
 ランにも思うところがあったが、これもまた、打ち明ける気にはなれない。
「リオさんは装飾担当として0次元の工房に派遣された人ですが、みんなで作ったパーツを特殊な箱に入れ、ダウンサイジングし、後で彼女の鍵を使って開ける任務を負っていましたね。変だと思いませんか」
 二人が歩くと、またインディ・チエムが少し前に飛び、枝に止まる。
「変というのは?」
「私たちは21次元に向かう階段を上っている時、誰も、あの0次元の建物が最終的に崩壊することを知らなかった。一度上がってしまってから、作ったパーツを取りに戻ることができると考えていたのです」
 クラビスは鋭い目でランの方を見た。
「それはそうだった」
「それなのに、彼女はラン隊長も知らなかった建物崩壊について知っていたことになります。それを視野に入れて、パーツを箱に仕舞い、ダウンサイジング化し、鍵を閉めた」
 クラビスの言葉に、ランは、「そうだな」と静かに答えた。

つづく。
 

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