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連載小説 星のクラフト 3章 #1

《ローラン、食べ物をちょうだい》
 ローモンドの声で目が覚めた。声と言っても、私の中で響く声。
「食べ物って?」
 彼女がどんなものを食べるのか知らない。
《その前に、まずはテーブルと椅子。ローランの心の中には食事の為のテーブルと椅子もないのよ》
「そんなはずはないけど。私、寝っ転がって食事をしたりしないわよ」
 心外だった。
《でも、ないんですもの。ひょっとしたら、子供の頃にどんなテーブルと椅子を使っていたか知らない、とか》
 ローモンドの声は少し憐れんでいるかのように聞こえた。
「知らないというか、私は子供の頃は――」
 伝えようとして口ごもった。
 ――子供の頃? なんだっけ。
《ローランは地球探索用に育てられた特殊な存在なんでしょう?》
 ローモンドが教えてくれる。
「あ、そうだったわ」
《大丈夫? 記憶喪失?》
 そう言われて、私はお嬢様から言われたことを思い出した。

 ――、説明は難しいのだけど、その過去の入った記憶装置が消滅したのよ。どうしてそうなったのか、まだこちらではわからない。
 とにかく、もうすぐあなたたちは地球探索用に育てられた過去を持つ存在ではなくなる。――

《本当に?》
 ローモンドの高い声が脳内に響いた。
「ちょっと、突然大きな声を出さないで」
 私は頭を抱えた。難しい症状を抱えた人のように感じられる。
《ごめん。驚き過ぎたものだから》
 もごもごした口調になった。
「ごめん。私もきつく言い過ぎたかしら。脳内で甲高い声を聞くなんて初めてのことだったから」
《それにしても、お嬢様、本当にそんなことを言ったの?》
「そうよ。もうすぐ、私の中にある地球探索用に育てられた頃の記憶が消えていくらしい。私は地球人ではないけれど、段々と地球人と類似し始めていて、その場合、過去がなくなってしまったら電池も切れてしまう。その上、大元の記憶装置が消滅してしまったから、慌てて新たな過去を装着しなければならなくなった。きっと、私だけではなく、多くの仲間たちがそうなんだと思うけど」
《仲間同士で話したりしないの?》
「それは禁じられているから。守護や世話役は居ても、同じ運命を背負った存在が連絡を取り合うことはない」
《寂しくない?》
 ローモンドは慰める口調になった。
「残念ながら、私達のような存在には、寂しさを感じるセンサーがないの。そのように設計されているのだから」
 私はそう言いながら、本当にそうだっけ? と疑いを覚えた。
 ――そのように教育されたから、そう思うだけなのかも。
《そうよ。そんな風に教育されたから、そう思うだけなのよ》
 心で思っただけでも通じてしまう。こうなってみると、昔の私は寂しかったのかもしれないと思えた。
「いずれにしても、ローモンドが持っている子供時代の記憶が私に装着され、それによって過去の記憶ができたことになり、電池が切れない仕組みなんだけど。ところで、ローモンドって、どんな子供時代を過ごしたの? というか、今でも充分子供だと思うけど」
《それがね、実を言うと、私、子供時代って、ないの》
「えーっ」
 私は思わず大声を出して立ち上がってしまった。
《ローラン、ローランもちょっと気を付けて。あんまり大きな声を出すと、私も頭が割れそうよ》
 ローモンドが悲痛な声を出した。
「あ、ごめん。そうだったね。でも、ローモンドに子供時代がなかったら、私に過去は装着されない、ってことになる。そして――」
《そして、お嬢様の話によると、ローランの電池は切れてしまう、だったね》
 ローモンドは静かに言う。
「でも、どうして、ローモンドには子供時代がないの? 鳥の形に乗って、湖に出掛けていたんじゃないの?」
《その記憶しかないのよ。それって、変じゃない?》
 そう言えばそうだ。
 ――あ、ひょっとして、
《そう。ひょっとして、なの。私もお嬢様の話を聞いた時には驚いた。最初にローランに搭載される予定だったモエリスには子供時代の過去があり、予備としての私にはまだその記憶がコピーされていない。されていないのに、なんらかの手違いで地球に迷い込んでしまった。お嬢様の話によると、モエリスを送ろうとした時に、私も来てしまった。手違いでね》
「全部聞いていたのね」
 傷つくと思って隠しておきたいことも、ローモンドは全て知っている。
《つまり、私達、どちらも、子供時代が、ない》
「私はいずれ電池切れとなり、ローモンドもそうなると、電池切れになる」
 言いにくいけれど、どうせ思えば伝わってしまうのだ。
《私、そうなりたくない!》
 ローモンドは強い口調で言った。
 ――そうなのか。そういうものなのか。
《たとえそれが運命でも、私、抵抗したい!》
 ローモンドの意志を聞いて、私は意味もなく身震いをした。

つづく。
 

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