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連載小説 星のクラフト 1章 #1

 連載小説『星のクラフト』はひとまず完了したが、2022年8月にエチュードとして書いていた情景描写『ガラスの壁』が、どうやらその後に連結するらしいことがわかった。ということで、ここまでをプロローグとし、2022年8月に書いていたものと連結してみようと思う。
 ということで、過去のスケッチのリンクを下に貼ったが、リンクの後に、たった今、推敲したものを掲載しておく。(滝田ロダン)

 そのカフェのJBL製スピーカー側の席がお気に入りなのだが、残念なことに先客に奪われていた。どうやら老女は老眼鏡を忘れたらしく、目を細めてスマートフォンの画面と格闘している。
 私はその席の斜め前から少し離れた厨房前辺りの席に座り、まっすぐに目をやれば自然に視界入る壁を眺めた。床から天井までがガラスで作られ、透き通っている。
    もちろん壁というよりも、それは窓なのだが、構造上開くことのないガラスが部屋の南側一面に嵌め込まれているので、ガラスの壁と呼んでも差し支えはないはず。
 窓に面したソファ席には恋人のように仲の良さそうな二人組と、真剣に書き物をしている中年のお一人様が座っている。窓をガラスの壁と呼んでも問題が無いことを証明するかのように、客の誰も外は見ていない。

 私はガラスの向こうに建ち並ぶビルやバスのロータリーを目に映した。そのロータリーを縁取る樹木と、その葉を時々震わせている鳥達に目をやりながら、この店で最も好きなケーキを食べた。桃のレアチーズケーキ。あまりに美味しいので、このケーキを食べる時にはケチケチと小さく切って食べてしまう。だからいつでも必ず先に飲み物が無くなる。案の定、後一口だけケーキが残ってしまって、本当なら珈琲の追加注文をしたいところだが、家から出る前にも自分で淹れた珈琲を一杯飲んだので、カフェインの摂りすぎで視界が極度に鮮明になるのを恐れて自粛した。

 気付くとJBL側の席にいた先客はいなくなり、新たな客が座ってタブレットをいじっている。手の動きからすると恐らくゲームに熱中。なぜか先の客とファッションがそっくりで、先客は白いコットンシャツに黒のフレアパンツだったのが、今度の客はそれがスキニーパンツになっただけ。髪型も似ている。しかし今度の客は眼鏡を忘れてはいない。

 それ以外に、この場所で何かいつもと変わったことと言えば、店長らしき人とバイト生の事務処理が店の片隅にて進行していること。二人ともがとてもにこやかなので辞める為の手続きではないだろう。恐らく休日の取り決めか、あるいは新しく仕事を始める為の打ち合わせではないか。もちろん断定はできない。にこやかだといえども辞めるのかもしれない。どのような別れでも互いにとって幸福なこともあるものだ。

 ガラス向こうのロータリーでは五台目のバスが乗客を乗せて発進した。ロータリーの前には世界的に有名なカフェがあり、二階の壁に打ち付けられたロゴがここからでも半分だけ見えている。その後ろには電車のプラットホームがあり、カフェの座席からの風景としては随分遠くのものだから、キオスクと時々停車する電車の周辺を往来する人々がミニチュアの如く感じられた。

 ところで、ガラス窓の右端あたりに外部から最も接近している所には、ジェットコースターの鉄橋を思わせる構造物があり、ここから見る限り、いったい何のためのものかはわからないが、鉄橋がスパッと切り落とされたかのような姿は途切れてしまった遊園地を思わせる。悲観的な表現を好む人ならばことさらに何かの終わりを誇張したくなるかもしれないが、逆にそこから異次元が始まるかにも見える。その場合は空間にぽっかりと穴でも開いて、構造物の続きはそこに突入しているのだ。もしもやる気も想像力もある詩人ならば、近未来の廃墟についての一編を思い付くのかもしれない。その廃墟は造り始めの建造物とどこから見ても変わらない。

つづく。

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