見出し画像

連載小説 星のクラフト 2章 #8

 司令長官はリオからオブジェを受け取った。
 オブジェは白い屋根の平屋で、窓や出入口らしきデザインが施されているものの、内部を肉眼で覗く方法はない。
「肉眼で中の状態を見るためには壊すしかないが、次元間移動によって形態が変化した物質を意図的に壊すことは非常に危険だ。この21次元地球上では単なるダウン-ディメンション化した美術作品のように見えるが、侮って気軽に破壊すると、0次元地球でこれに接続している概念に紐付いている個別の物体が破壊されてしまうこともある。もちろん、この目前のオブジェを解体すること自体に危険性がないとも言えない」
 慎重にテーブルの上に置いた。
「スキャンなら大丈夫でしょうか」
「まずは危険性がないかどうかを確かめるモードで全体に光を当てる。これがその切替装置だ」
 長官に差し出されたシャワー型X線機のグリップ上にあるモード変更レバーを、ランとリオは確認する。
「絵画へとダウン-ディメンション化して見える建物は、まだあの場所にあるのでしょうか」
 ランは残してきた建物のことが気になっていた。
「もちろんそう。あの建物は経年変化で朽ちるまであの場所にある」
 長官が言った。
「では、この表象的オブジェが示しているものは、あの建物にとって一体なんだったのか。近くにあった公衆トイレはこれではないそうですし」
 ランはオブジェが結局何を意味するのかがわからなければ、リオの鍵がその中にあるかどうかを調べる意味もわからないと思い始めていた。
「それはそうだな。実を言うと、建物がダウン・ディメンション化して絵画になるだろうとは予想していたが、それにオブジェが着いてくることは想定外だった。短い時間だったが、中央司令部と意見を交わしたところ、おそらく百葉箱だろうとの話になった」
「百葉箱?」
「次元移動用施設にはかつて百葉箱を使って管理していたようなことを、別の方法で行っているのでね」
「なんでしょう、それは」
「あまり大っぴらにしていないが、波動観測システムを導入している」
「大っぴらにしていない理由があるのでしょうか」
 ランはこれまでに波動観測システムについては聞いたことがなく、少なからず不快感を覚えた。
「気を悪くしないでくれ。0次元内にあるほとんどの建築物にはこのシステムが導入されている。事故的に、野放図に次元移動が起きたら困るから監視しているのだ。もちろん事件の場合もあるしね」
「形質として百葉箱みたいな物体はないのでしょうね。ダウン・ディメンション化した時に立体のオブジェとなり視覚化されたのでだから」
 ランが言うと、長官は頷いた。
「あの波動観測システムが、まるで百葉箱みたいな形になるのには、私自身想定していなかった。もちろん、まだ、これが波動観測システムを表象するものだと決まったわけではないのだが」
「いずれにしても、そのオブジェの中にリオの鍵があるとは思えません」
 ランはきちんとした物体だったはずの鍵が、概念としてのオブジェの中にあるとは考えられなかった。
「そういえば、そうね」
 リオも残念そうだ。
「まだそうと決まったわけではないよ。やってみれば、なにかがわかるかもしれない」
 司令長官はそう言って、パソコンにX線機のコードを挿入し、まずはオブジェをスキャンしても安全かどうかを確認し始めた。
 パソコン画面上の青いランプが点滅する。
「大丈夫そうだ。それでは、内部を透過してみよう」
 透過モードに切り替え、屋根の辺りからゆっくりとX線機を当てていく。
「真っ暗だ。何もない」
 屋根から壁、底からと順にスキャンしたが、何も映らなかった。
「これはある種の異常事態だ」
「どういうことですか」
「物体をスキャンした場合に、何も映らないことはない」
「ひょっとして――」
 リオは青ざめていた。
「ひょっとして?」
 ランはリオの目を見る。怯えたように目を動かす。
「ブラックホール、じゃないですか。私の鍵も、そのブラックホールに吸い込まれたのではないかしら」
「それは、確かに!」
 司令官は声を張り上げた。そっとオブジェをテーブルに戻す。
「もしもそうだとすると、たぶん、それはまずい、ですね」
「たぶんではなく、本当にまずい。万が一、これが破壊された時には、何が起きるかわからないからな。だが、次元移動の副産物として、ブラックホールがダウン・ディメンションして視覚化されたのは、大きな功績ともいえる。次元移動の時、ブラックホールが生じていることがわかったのだから」

つづく。
 
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?