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連載小説 星のクラフト 4章 #4

「なかなか戻ってこないわね」
 ランとリオはエルミットの部屋の前で一時間ほど待った。ナツはもう一部屋の不在だった人のところに行き、今度は在室していたらしく、既にクラビスではないことを突き止めていた。
「じゃあ、どう考えても、このエルミットがハルミ、あるいはクラビスだと思うけど」
 ランはナツに頼んで、改めてエルミットの部屋にルーム電話を掛けて貰ったが出なかったらしい。
「今日はもうあきらめよう」
 やがてナツが部屋の前まで戻って来て、二人に提案した。「きっと、森の散策にでも出掛けたのだよ。鳥が好きなら、絶対にやりそうなことだし」
 二人は納得し、その日は解散となった。

 ところが、翌日になっても、翌々日になっても、エルミットとは連絡が着かないことがわかった。
「司令長官に話すしかないわ」
 リオが落胆した様子を見せた。
「そうだな」
 ナツも同意する。
「できれば、僕たちだけでどうにかしたいが」
「どうして?」
 リオが丸い目でランを見つめる。
 ランは司令長官が仲間の中に鳥籠を持った人が一人居たことを覚えていないと言ったのが気になっていた。でも、リオやナツに対してであっても、それは口にできない。
「司令長官の手を煩わせたくない」
 小さな嘘をついた。
「それもそうだな」
 ナツは髭を撫でながら、横目でランを睨むように見る。長年の相棒らしく、言いにくいことがあるのを察知してくれたのだろう。これはそういう時の顔だ。「俺がフロントで鍵を借りてきてやるよ」
「そんなことできる?」
 リオが丸い目をもっと見開いた。
「簡単さ、ロビーでくつろいでいるふりをして、こっそり見てな」
 ウィンクをした。

 ナツはもっとも若そうなホテルマンがフロントに立ったのを見計らって、自分の鍵を握りしめて近付いた。
「さっき、別の方に鍵を出してもらったのだけど、間違っていたよ。危ないところだった。正しい鍵をくれよ」
 大声で言う。
「申し訳ありません」
 ホテルマンはおどおどし始めた。
「まあいいけどさ」
 少しトーンを下げた後、ホテルマンの方に顔を近付けてひそひそ言う。ホテルマンは承知しましたと言い、後ろの棚から鍵を一本取り出した。
「サンキュ」
 ナツはにこやかな表情をフロントに向けた後、ランとリオの方を見もしないでエレベータの前に立った。急いで、ランとリオもエレベータ前に向かい、三人で乗り込んだ。
「うまいなあ」
 ランが言い掛けると、ナツは人差し指を立てて唇に当てた。確かにエレベータには確実にカメラが向けられているだろう。
 黙って三人は該当する階に止まるのを待ち、降りると、急いでエルミットの部屋に向かった。
「さてと、悪いが開けてみますか。中で死んでいたりしなければいいけど」
「物騒な事言わないで」
 鍵を開け、扉を開いた。
 中はもぬけの殻だった。籠の鳥もいない。
「クラビスじゃないのか」
 ランは部屋の中央まで入り込んだ。
「あ、でも、羽根が落ちてる」
 リオが絨毯から一本の羽根を拾い上げた。「クリーム色。確かに、インディ・チエムの羽根よ」
 愛おしそうに撫でた。
「じゃあ、やっぱり、エルミットがハルミであり、クラビスだったのか。どうして僕にはクラビスだと名乗ったのか」
「まあ、ある程度、極秘作業だったし、名前はいろいろと変更可能だったからな。覚えられないことが大事だったのだから」
 ナツは当時のことを振り返っているようだった。
「それにしても、どこに行ったのかしら」
 リオは部屋の中をぐるぐる歩き回り始めた。
「バスルームとかトイレに居るのでは?」
 ナツが言うと、リオがバスルームの扉を開け、電気を灯した。
「あ、何か書いてある」
 鏡に薄い葡萄色のリップスティックで文字が書いてあった。
《名前》
「名前って、どういうことだろう。僕がここに来ることを知っていたのか。彼がクラビスと名乗っていたことを知っていたのは、僕だけかもしれないのだから」
「実際、彼がいなくなれば、当然ランが呼び出されることくらい、予測はできるだろうけど」
 ナツは鏡の文字に目を近付けた。「だとしたら、クラビスと書かなかったのは、クラビスに注目してくれと言いたかったのではないか」
「それにしても、鳥と一緒に逃亡したのか。それとも、しばらくしたら戻って来るのか」
 三人で何か手がかりになるものはないかと部屋中を探し回ったが、鳥の羽根一本と鏡に書かれた文字以外、何もなかった。

つづく。


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