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連載小説 星のクラフト 5章 #10

 夜になり、ローモンドが眠ってしまうと、私はお嬢様から届けられた資料を読み始めた。あの車で行ける範囲のどこかに、村ひとつ分の人間がいなくなった場所がある。日頃からニュースには気を付けているけれど、そんな情報はどこにもなかったはずだ。
 レーダーによる位置情報をプリントアウトしたものを見ると、ここから100キロほど北東の場所にありそうだ。もちろん断定はできない。中央司令部にある受信機が物質的なものを感知したのか、あるいは意識が作り出す熱波のようなものを感知したのかはわからないからだ。それでも、手持ちの地図上に目安となる印を入れ、ひとまず向かうべき宿を特定しておいた。
 詳しい経緯について書いてある文書も最初から丁寧に読んでいく。
 そもそも、モエリスを私の下に送り込む日程はずっと以前から決定していた。地球に来てからもう随分長い年月が経った。健康状態にも問題がなく、命令されている通り、風景や人間たちの様子を写真と文書で報告し続けた。順調だがそれほどの手柄もない。そろそろ、新しい地球探索員を送り込むタイミングだとされ、その前に、私はモエリスの過去を搭載してどこかで適切な労働者となるはずだった。
 ところがそのタイミングで中央司令部にある記憶装置が破壊され、モエリスとローモンドが入れ替わって届けられた。いや、モエリスも届けられたのだから、ローモンドがなんらかの手違いでやって来たことになる。これについては中央司令部では知られていない。
 ――知られていない?
 不思議なことに思えた。中央司令部は何もかも把握しているはずだ。それがどうして把握できなかったのだろうか。ひょっとして、ローモンドがおばあちゃまと呼んだ乳母が、ローモンドをこちらに送り込むタイミングで、中央司令部に把握されないように操作したのだろうか。
 文書によると、村ひとつぶんの人間がいなくなった状況は、まずはレーダーに現れた。人間の出力する特徴的な電磁波を感知し、中央司令部では地球の状態を把握しているが、くっきりと、村ひとつ分のエリアから人間の電磁波が消えてしまった。レーダーを見るとはっきりとした輪郭を持つ区域で、それ以外の場所には人間の存在を表す光が点滅しているらしいが、輪郭内だけは消滅してしまった。
 中央司令部としても、およその見当をつけて遠隔レンズで探索したが、想定される場所の中に人間がいなくなった地域は発見されなかったらしい。
 この辺りだろうと目安を付けられている地域は、牧場と農園、小さな市場が点在するのどかな場所で、人口は多くもなければ少なくもない。複雑な地形でもなく、たとえば山奥に特殊な集団が村を形成していたのが急にいなく なった、などとは考えられそうにもない。遠隔レンズで撮影した写真を何枚も眺めつつ、この穏やかそうな地域で何かが起こったとは想像できないと思った。
 ――おや? これ、何かしら。
 建物が崩れ落ちている写真がある。
 ――地震の跡みたい。
 しかし、その周辺の建物の中にそのようなものはなく、建物ひとつ分だけが崩壊しているらしかった。写真を裏返すと、赤いチェックが入れられていて、要確認と書いてある。
 その建物がある場所を地図上にマークし、とりあえず向かう先が決まったことで安心し、後は出掛ける準備を整えて出発するだけとなった。
 心が引き締まる。

つづく。

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