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連載小説 星のクラフト 7章 #7

「おばあちゃまはどこからこの本を手に入れたのかしら」
 私は不思議だった。
 お嬢様やガードマンの居る中央司令部で、この本の存在について語られているのを聞いたことはない。もちろん、お嬢様のお城のある星と、青い実の成る星は隣接してはいるけれど、地続きではなく、短距離ながらも宇宙船を介して行き来する。それでも、青実星は中央司令部が地球との中継のために作った人工衛星であり、そこにあるものをお嬢様たちが把握していないなんてことがあり得るだろうか。
「尋ねてみたことはあるけれど、たしか、この本は飛んできたって言ったと思う。さっき言ったみたいに、本は鳥そのものなのだとしたら、飛んできたというのも嘘じゃないのかもしれないけれど、その時は冗談だと思ってた」
 ローモンドは本の表紙を愛しそうに撫でた。
「冗談ではないにしても、飛んできたってのは単なる比喩かもしれない」
「ヒユって?」
「たとえのこと。つまり、あたかも飛んできたかのように、偶然、たとえばベランダにあった、とか」
 そう言うと、ローモンドは「ふうん」と言った後、首を傾げて天井を見ながら何かを思い出そうとしているようだった。
「おばあちゃまと過ごしたお部屋には他に誰も来なかったの?」
「私が居る時にはほとんど来なかった。でも、鳥の形に乗って湖に行っている間のことはわからない。その時におばあちゃまが何をしていたかについては知らないし」
「それにしても、この本はどうしてこのホテルにあるのかしら」
 私も首を傾げる。「もしも、この本が中央司令部とは無関係におばあちゃまのところにもたらされたのだとしたら、中央司令部と関係の深いホテルにあるのは変じゃない?」
「それは、そうね」
 ローモンドは何度もうなずいた。
「思い切って、シェフに聞いてみない?」
「私もそれがいいと思う。このままこっそり持って行きたいと思ったけど、ここに書かれてあることを読み取っていくのは大変そうだし、それよりも、この本がどこからもたらされたかを確かめた方がよさそう。それで、もしも持って行っても構わないと言ったら、持って行こう」
 ローモンドはいつだって前向きだ。
 私たちはさっそく本を持って、シェフの居る厨房横の部屋に向かった。シェフからは「何かあればそこにいるから声を掛けてくれ」と言われていた。

 扉をノックすると、中からシェフが顔を出した。
「どうかされました? 何か不具合でも?」
 食事の後片付けをしたばかりのなのか、まだ前掛けを着けたままだった。
「そうじゃないんです。ちょっと聞きたいことがあって」
「なんでしょう」
 前掛けを外して壁のフックに掛け、部屋の外に出てきた。「こみ入ったことでしょうか。もしそうなら、廊下で立ち話もなんですから、食堂のテーブルにでも行きますか」
 私たちは同時にうなずいた。

「実はこれのことをおたずねしたくて」
 私は手に持っていた本をテーブルの上に置いた。
「ああ、その本ね。よく見つけましたね。本棚の一番下の奥に入っていたと思いますが。どちらが発見されたのですか。ローランさん? それともカオリさん?」
 ――そうだ、ローモンドはカオリだと告げていた。
「カオリが本棚を見つけて、それでなんとなく」
 ローモンドは話ができないことになっている。だから、横でただ黙って座っているしかない。何かしゃべり出したらどうしよう。
《ローラン、大丈夫よ、わかってる。何も話さないから》
 よかった。彼女とはテレパシーでも意思疎通ができることを思い出した。
「で、その本がどうかしましたか?」
 シェフは表紙にそっと指先で触れる。
「これ、変わった文字ですね」
「ああ、読めないでしょう? 誰かが置いていったのか、気付いたら本棚に入っていてね」
「宿泊客が置いていったのでしょうか」
「たぶん、そうだと思うのだけど、お嬢様に問い合わせても、本を忘れたとの報告はないとかで、そのまま本棚に置いてます。それがどうかしましたか?」
《絵が綺麗、って言って》
 ローモンドがテレパシーで言う。
「絵が、綺麗」
 突然のことで戸惑いながら、ローモンドの言葉に従った。
「ああ、そうですね。表紙の絵のことですね。中にも挿絵がありますが、それがどうかしましたか」
《借りられないかって、聞いてみて》
「お借りすることはできますか」
「読むのですか。そんな文字、読めないでしょう」
《絵が綺麗だから、長距離ドライブの慰めに、って言って》
「絵が綺麗だから、長距離ドライブの慰めに」
 ローモンドの言葉通りに言う。
「別に構いませんよ。どうせ持ち主もわからないことですし、お嬢様も忘れ物には関心がないようでしたから」
《よっしゃ》
「よっしゃ。あっ」
 妙なところまで繰り返してしまった。
「話はそれだけ?」
 シェフは拍子抜けしたようだった。この本を何も重要視していないのだろう。
「それだけです」
 私が言うと、
「じゃ、おやすみなさい。ところで、明日にはもう発たれますか」
《そうしよう》
「そうします」
 ローモンドの言葉に従った。

つづく。

#星のクラフト
#SF小説

 


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