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連載小説 星のクラフト 4章 #2

 ホテルに戻ると、ランは司令長官とルーム電話で連絡を取り、0次元地球から共に次元移動してきたパーツ製作員と話がしたい旨を伝えた。
「なんの話をするのだ」
 予想通り、簡単に認めたりはしない。
「鳥をこの次元に連れてきた製作員が居たので、鳥の様子を聞いてみたいと思いまして」
 正直に答えた。嘘をついたところで、司令官には直ぐにばれるに違いないから。
「鳥を連れてきた奴なんて居たかな」
「お忘れでしょうか。籠の鳥はこの次元に到着すると、驚くほど激しく囀っていました。製作員は『機嫌のいい時にこうなります』と説明していましたが」
「覚えがないな。でも、どうして鳥のことが気になったのか」
 ひとかけらの秘密も許さぬ調子だ。
「外の森林を歩いていましたら、たくさん鳥が居ました。野鳥なのに、まるで僕に懐いているかのように穏やかで、21次元になると生き物でさえ品格が変化するのかなと思いました。それで、0次元から来た鳥はどうだろうかと見てみたくなって」
 ランの方も、ひとかけらの嘘も混入する気などない。
「名前は?」
「クラビスだったと思います」
「少しお待ちを――」
 司令長官は名簿を繰っているらしい。紙が擦れる音がしばらく続きた。
「ないな」
「は?」
 つい間の抜けた返答をしてしまった。
「クラビスとやらは、ない」
「そんなはずはありません。同行したナツも彼のことを知っていますから。この次元に来た瞬間も一緒にいました」
「しかし、ないものはないからな」
 司令長官はしばらく黙り込んだ。「名前を覚え間違えたのでは?」
「そんなはずは――」
 断言しようとしたが、それについては断言できない。覚え間違えたのではないにしても、正式な名称と呼び名では異なる場合もある。
「ホテル内放送をするか。あるいは、製作員たちに割り振った部屋をしらみつぶしに確かめるか」
「よろしいですか」
 それができるのなら、いずれ見つかるだろう。もしもクラビスがどこかへ行ってしまったりしていないのであれば。
 ――どこかへ行ってしまったりしないのであれば? か。
「好きにしたまえ。ホテルのフロントにも部屋割りの名簿を預けてあるから取りに行きたまえ。私の方からも、ランが取りにくるから渡すようにと一報を入れておくよ」
 朗らかな調子のまま電話を切った。
 ランはフロントで名簿を受け取り、鳥を同行させた製作員は至急フロントに来るようにと放送することを頼んだ。それから三十分ほど待ったがクラビスが現れることはなく、結局、部屋のベルをひとつずつ鳴らして回ることになった。十部屋ほど確かめたところでナツに応援を頼み、根気よく探し続けた。
「いないな。とんずらしたのでは?」
 ナツは手の甲で額の汗をぬぐった。
「どこへ? 到着したばかりで地図もないだろうに」
「でも、まだ、返事をしなかった部屋が二部屋残っているし、そこは家族部屋じゃなく一人用居室だから、可能性は残っているさ」
 とんずらしたのではないかと言ったくせに、直ぐに楽観的な様子を見せる。
「そうだといいけどな」
「司令長官はクラビスを見なかったって?」
「そう言ってた」
「そんなわけないと思うが。あれだけ激しく鳥が鳴いていたのだから」
「僕もそう思う。でも、司令長官は上位指揮官だから、個々のことまで記憶していないのではないか。これまでずっと、長官のことは恐ろしい記憶力を持っていると思ってきたが、今の状況はこれまでになかったことだから、忘れていることもあるだろう」
「どうかな」
 ナツは鼻頭に皺を寄せて、疑わしそうに眼を細めた。

つづく。
 
 
 

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