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連載小説 星のクラフト 7章 #4

 薄暗い廊下の突き当りに本棚はあり、写真集や民話、紀行などがびっしりと置いてあった。床から天井までの高さがある。小さな一人用のソファもある。古い本と部屋の角が醸し出す陰の湿った匂いがした。
「薄暗いのに、よく気付いたわね」
 食堂から二人の部屋までの通路には明るい蛍光灯があり、そこから先の突き当りに明かりはひとつもない。二人の部屋の前の蛍光灯によって、わずかに見える程度の光量だ。
「私、目がいいの。たぶん、他の星の人たちよりも」
 ローモンドは鼻を膨らませた。
「たしかに」
 私はむしろ呆れてしまうほどだった。
「青い実の成る星で湖に行き、鳥達と遊んでいる時に、観光客の人たちがやって来たことがあったけれど、樹木に居る鳥は全く見えないようだった。鳥の声がしてるけど、鳥はいないわね、なんて言ってたし」
「ローモンドには見えたのね」
 私が言うと、大きく頷く。
「ところで、その、おばあちゃまから習った不思議な文字の本って、どれ?」
「これよ」
 ローモンドはしゃがみ込んで本を引き出す。床から天井まである本棚の、最も下、最も左側にあった。確かに分厚くて存在感はあるが、これが遠くから見えたのは驚きだった。すっかり古びていて、紙は茶色に変色し、文字の色もわずかに薄くなっている。
「それにしても、この本のあることまで、よく見えたわね」
「自分でもそう思う。ほんとに見えたのかな」
 肩をすくめる。「直観かも」
 本の表紙には、髪の長い男の絵が描いてあった。そして――
「あ、これ、さっきの鳥に似ている」
 ローモンドが表紙の中に描かれた鳥を指した。
 見ると、白い鳥が男の肩上に乗っている。さきほど、窓辺に訪れたクリーム色の鳥に似ていなくもない。
「それにしても、これ、出版物じゃなさそうね。手書きじゃないかな」
 私は眼を近付けて絵を見た。黒いインクは印刷ではなさそうだった。
「中も開いてみて」
 やはりそうだった。中の文字も手書きだ。
「ところで、ローモンド、これ、表紙のタイトル、なんて書いてあるの?」
「この文字は《時間》を表し、これは《場所》、そして、これは――、《動く》かな。そして、《教える》《本》だ」
「時空間移動手引書、みたいなものかしら」
 不思議な文字。柔らかな曲線と直線、点や幾何学模様で作られた文字は全く見たことがないものだった。地球探索要員養成所で学ぶことは膨大で、文字や言語に関しても多種多様なものを教え込まれたが、こんな文字は見たことがない。つまり、私が学んできたことは地球のことばかりで、それ以外の星については全くの無知なのだ。
「時空間移動手引書、か。そう言えば、おばあちゃまがそんな話をしていたような気がする」
 ローモンドは頬をピンク色に染めた。「あっ。――」
「ちょっと待って」
 何かを思い出し、すぐにでも話始めようとするローモンドを制した。「とりあえず、この本は部屋に持って行きましょう。そして、そこでゆっくりと頁を開きましょう」
 ローモンドは口を閉じ、うなずく。
「そうだ、他の本も借りて行こう」
 ローモンドはいくつか本を選んだ。「その本だけを持って行くよりも、いろいろ読んでみたいと思って選んだ中に、偶然その本も入っていたって方が、安全な気がする。誰かになんだか、叱られそうな時に」
「わかってきたのね!」
 どうやらローモンドも、地球探索の仕方を理解し始めたようだ。悪いことをしていなかったとしても、安全策は常に意識しておかなくてはいけない。

つづく。
 


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