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連載小説 星のクラフト 6章 #11

「リオさんの鍵を持ったままで、居なくならないでくれよ」
 ランは最初に見たもぬけの殻の部屋を思い出していた。《名前》とだけかいて、クラビスは消えていた日のことを。
「大丈夫ですよ。私は故郷の星に帰り、受け継がれている書物を再びこの手にすることが目的ですから」
「そうだったな」
「スマートフォンで連絡を取り合いましょう」
 クラビスが上着の内ポケットからスマーフォンを取り出し、アドレス交換を求め、ランはそれに応じた。
「堅苦しいことばかり考えてないで、ホテルのカフェテラスで気楽に食事でもしよう」
 ランはクラビスが少し考え過ぎなのではないかと思っていた。
「それもいいですね」
 少しだけ微笑む。
 じゃあ、今日はここでと言い、クラビスはインディ・チエムと共にテーブルを後にした。
 一人になると、ランは身体の緊張が解け、深呼吸をして空を見上げた。樹木の枝に揺れる葉の隙間から青い空と白い雲が見える。雲はゆっくりと流れ、数羽の鳥が横切った。
 ――のどかだな。
 0次元と何も変わらない。完璧にコントロールされているそうだが、0次元においても、野生のまま放置されている森などそれほど多くはない。
 ――大袈裟なことを言って、実は何も変わらないのではないか。
 クラビスほど疑い深く推理することはないが、ランもあらゆることを疑ってみたくなる。
 それにしても、オブジェのレプリカをどうやって作ればいいか。ベニア板も角材もここにはない。全てが森から零れ落ちた枝や木の皮しかないのだ。今日、森へと向かったことの目的を思い出し、再び頭を悩ませ始めた。
 ――あ、そうだ。
 もしも、確実に、ラン自身が船体になりさえすればオブジェに帰還することができる仕組みなのであれば、それを利用すればいい。0次元の建物に戻り、もしも出られなくなったとしても、身体に鍵を接近させて船体となれば、21次元に戻ってくることは容易なはずだ。
 ――仕方がない。ナツに手伝ってもらうか。
 一人で全てを背負うのは無理だと判断した。手伝ってもらうためには何もかも話さなければならない。
 ――ナツを信頼できるか。
 初めての問いだった。
 ナツについては、これまでは問うまでもなく、当然信頼していると確信していた。また、信頼されているかと疑うこともなかった。
 ――でも。
 クラビスの緻密な疑いの推理を聞いた後では、友人を信頼することはそれほど簡単な事でもなさそうに思えた。
 鍵を持ち出したこと、オブジェの秘密、クラビスの打ち明け話と推理。
 その全てを話すことができるのか。それに、0次元に降りて行く時に、ナツにオブジェを固定してもらい、そこに戻ってこれるように頼むのだ。もしも、ナツがオブジェをどこかに捨てたり、土の中に埋めたりしたら――?
 考えるだけでぞっとする。そして、そんな風に疑ってしまう自身に対しても罪悪感を覚えた。
 ――信頼。できるか?
 見上げると、空高く鳥が飛び、甲高い声を上げて横切っていった。

(第六章 了)

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