連載小説 星のクラフト 11
五人が穴の向こうへと入った後、ランは船体室の中でしばらく考えた。残りの人々をどうするか。最初の五人が接続ポイントに向かう前は、穴の向こうへに渡った後も、船体室に戻って来ることができるつもりだった。しかし、どうもそうではないようだ。誰も戻ってはこない。
最初の五人はベテランのパーツ製作員だからスムーズに事が運んだが、広間で待機している人はどうだろう。少なくない人々がどうしても行きたくないと駄々をこねそうだ。
――しかし、行かなくては、ホテルで食事をしたり休んだりすることができない。
ランは悩んだ。
――よし。ひとりずつ部屋に呼び、ひとりずつ、接続ポイントへと向かってもらうことにしよう。ナツにも内緒だ。
広間では製作員とナツと家族たちが立ったままで待っていて、ランが船体室から出てくると、喋るのを止めて一斉にランの方を見た。
「ここからは、ひとりずつ船体室に入ってもらう」
そう言うと、ざわめいた。
「どういうことだ。五人ずつか、もう少し多めに入って、さっさとホテルに向かおうじゃないか」
ナツがランの前に歩み出た。
「事情が少し変わった。ひとりずつにする。もちろん、先に行った五人は順調に行った」
「理由は?」
「後で言う。とにかく、そうすれば何も問題はない」
ランの口調がいつも以上にきっぱりとしていたので、ナツは「わかった」と引き下がった。「僕と家族は最後にするよ」
「それがいい」
ランもそれには賛成した。
不安を感じてなかなか階段を上らない人もいたが、どうにか、ナツとその家族以外の人が軌道に乗り、とうとうナツと家族の番がきた。そこで、ランはナツだけを船体室に呼び出して、最初の五人が接続ポイントに上がっていった時のことを説明した。
「歓喜する声がするが、こちらに戻ってこなかったんだな。キムでさえそうだったのだから、構造的に、一度出たら戻ってこれない仕組みになっているということか」
ナツは飲み込みが早かった。
「どうする? 家族はどうやって行く?」
「まず、妻が行き、子供たち二人が行き、最後に僕が行く」
「それがいいな。その後、僕も続くよ」
ランはようやくそこで緊張がほぐれて笑顔になった。
ナツの家族は四人で階段を上がり、速やかに穴の中に上っていった。
ランは心底ほっとして、とうとう自身も階段を上り始めた。
――誰一人とりこぼさなかった。成功だ。
階段を上る靴音が船体室に響く。途中で足を止め、船を見下ろした。
――もしも、戻ってこれないのだとしたら、この船を見ることもないだろう。
また上り始めた。
とうとう穴の前に来た。真っ暗闇だ。
――みんなよく勇気を出して上ったものだ。
穴の向こうにも階段が続いているのは見える。
一歩進む。二歩進む。
穴の輪に手をかけ、ぐいと身体ごと最後の一歩をよじ登った。
「ああ、これは、なんと、素晴らしい」
ランはキムと同じことを言った。
身体の全てが穴から出て、ガラスの上に立った。
辺りは眩しかった。
「ラン、おめでとう」
ナツが駆け寄って、抱き合った。みんなが一斉に拍手をしている。
「ラン、ほら」
ナツが指さした方を見ると、自分たちがたった今出てきた建物のガラスの天井や側面の壁から船体室が見えた。
「ランが登ってくるところが見えていたよ。途中で立ち止まって、船を名残惜しそうに見ていたね」
ナツは目にじわりと涙をためていた。
「どこから出たのかよくわからないだろう。でもなぜか、ガラスの外に出たんだ。そして、こちらから内側は見えていた。みんな心の中で、出てこい、不安に思うな、大丈夫だと応援していたのだ。中からはこちら側は見えなかったけれどね」
「そうだったのか」
ランは辺りにいる製作員たちとも握手をして、無事を喜びあった。
「ラン、成功したね」
司令長官が横に立っていた。
「うまくいきました」
「こんなに早く成功するとは思わなかったよ。なんども船で予行演習してきた甲斐があった」
えくぼを作りながら笑みを浮かべる。
「今回も、ホテルに向かうのでしょう?」
ランが言うと、司令長官はうなずき、
「もちろん。美味しいものを食べて、ゆっくり休んでもらうよ。そして、ここに居る人たちの家族や友人もホテルで待っているのだよ」
満面の笑みを浮かべた。
「どういうこと?」
ランとナツは顔を見合わせた。「よくわからないな」
司令長官の言葉を聞いた後、全員がどういうことだろうと興奮して、たった今出てきたばかりの建物を見つめていると、建物は徐々に小さくなっていき、やがて一枚の絵とオブジェになってしまった。
(了)
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