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連載小説 星のクラフト 2章 #4

 たった一人であるにも関わらず、ランの部屋は異様に広かった。第一、寝室、応接室、リビングの三つも用意されている。
「こんなに広くても使わないなあ」
 リビングに荷物を置き、ふかふかとし過ぎているソファに身を投げ出した。天井からはシャンデリアが垂れ下がっていた。
「なんだこれは」
 豪華すぎて居心地が悪い。
 リビングの横には広いテラスもあり、そこにもテーブルとチェアが一組ある。空は夕暮れとも朝焼けともとれる不思議な虹色に染まっている。地球を出てきたはずだが、この中継ポイントとしての星は地球にそっくりだった。
 ランがテラスに向かう重い窓を開けると、涼やかな風が部屋に入り込み、ふわりと潮の香りがした。
「海もあるのか」
 何もかも地球と似ている。
 ――いったいここはどこなのだろう。
 ここで行う任務については、この後指示されることになっている。

 今回より以前に行われた船での移動では、意識体と個体の間にある配線の混乱状態を解く仕事がほとんどだった。
 ランたちの間では地球のもっとも最小限の個体のことを、人間ではなく投影体と呼び、複数の個体間における混乱状態を放置すると問題が起きる。
 いや、ほとんどが混乱状態だ。混線といってもいい。
 本人の業績や能力とはそれほど関係のない意識からの投影を受けて、必要のないものまで抱えて四苦八苦している。不要な罪悪感、羞恥、怒り、嫉妬。
 それだけれはない。成り済ましの個体と本体を入れ替えるための暴力、ある存在を消すために、わざと混線させて自死に追いやるといった凶悪なものもある。
 事実に即した接続のみを残し、互いに地上の距離が接近しているがゆえに混同してしまっている線を丁寧に剥がしていくのがランの主な仕事だった。植え付けられてしまった間違った過去の消去についても取り扱う。
 それ以外には、異次元からの侵入で持ち去られてしまった鉱物や種子、生物の卵などを調査し、追跡し、奪還することもある。

「今回は、何だろうなあ」
 徐々に暮れていく空を眺めて、これから始まる仕事についての想像を巡らした。ランは仕事が嫌いではない。
 部屋の電話が鳴った。
「リオです」
「ランです。部屋の居心地はどうですか」
 リオの部屋はちょうど二階下だった。おそらく、広さも部屋数も同じだろう。
「広すぎますね。豪華すぎるし」
 ランと同じ感想を持ったらしい。
「そろそろレストランに行きますか」
「それですが、司令長官から連絡が入り、私の部屋でラン隊長を含めた数人が集まり、ルームサービスを取ろうとの話が」
 やはりリオは特別なのか。
「僕はそれでもいいですが、リオさんはそれでもいいのでしょうか」
 ランは自分の部屋でもいいと考えていた。
「構いません。私の部屋であれば、ラン隊長の部屋よりも、突然やってくる訪問者の可能性がありませんから」
 またしても内心を読まれたようだ。ナツがしばしの間でも家族と離れたがって、ウィスキーを片手に突然現れるのは充分に予測できる。ナツを外す必要はないが、司令長官の提案ならば仕方がない。
「後でそちらに行きます」
「もうすぐにでも来て頂いて構いませんから。お待ちしています」
 そう言うと、リオは電話を切った。

つづく。

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