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連載小説 星のクラフト 5章 #9

 それから数日以内に、中央司令部から段ボール二つ分の資料や旅に必要な物資が届き、その日のうちに車も届けられた。届けてくれた運転手は無言のままで仰々しく敬礼し、後から着いて来たらしいバイクの後ろに乗ってすぐさま帰って行った。
「派手な車ね」
 ローモンドは目を丸くしていた。
「そうね。これでは、いちいち目立ち過ぎるのではないかしら」
 車体の色は輝くシルバーだが、光の当たり具合によっては玉虫色に光る。天井は低く、セダンに見えるクーペ。ヘッドライトは細長く狐目のように吊り上がっている。一見流線形に見えるが、角は突き刺さりそうなほどに尖っていた。ミラーには太陽光で発電する装置が備え付けられ、常にエンジンルームの電池に蓄えられるように作られているらしい。勿論ガソリンの仕様も搭載してあり、万が一の場合には切り替えて走行することができる。
「ほとんど、これが家みたいなものになる」
「慣れてしまえばどうってことないか」
 私たちは車体の周囲を歩き、撫で、受け取った鍵でエンジンを掛けてみたりした。
「私の円盤はどうする?」
「置いていくしかないでしょう」
「そうすると、いよいよ、私はローランの心の部屋に入ることはできなくなるのね」
 ローモンドは少し寂しそうだった。
「でも、これからはずっと二人で旅に出るのよ」
「それは楽しそう、でも、いつ終わるの? その旅は」
「わからない。とにかく、お嬢様に言われた村を探し当て、そこで何が起きたのかを調査し、報告するまでよ」
「意外とすぐに見つかったりして」
「その可能性も、なくはない」
 私たちは部屋に戻り、届けられた資料を読み始めた。ローモンドも字が読めることがわかった。
「おばあちゃまに教わったの」
 乳母から手ほどきを受けたと言う。
「そんなこと、できるのね」
「本当はやらないのかも。おばあちゃまがこっそりやったのよ」
 ファイルをテーブルに並べながら言う。
「どうして、そんなこと、こっそり?」
「わからない。でも、今考えたら、モエリスとやらの予備として育てられていた私が、どうして間違ってここに来ることになったか、少し変だなって。それはおばあちゃまの企みじゃないかと思うの」
「企み?」
「私を育てている間に、モエリスではなく、私の方をローランの元へと送りたかった、とか」
「どうして」
「わからないけど、そんな気がするだけ。私、モエリスを見た事があるの。私と似ているけど、中身はまるで違った。男の子たちとカードゲームをしたり、お城の庭に植えてある樹木に上って果物を取って食べたりしていた。お転婆って、おばあちゃまが言っていた。モエリスはお洋服もたくさん持っていたし、おもちゃもたくさん。怖いものなしって感じ」
「おばあちゃまはモエリスよりもローモンドの方が好きだったのね」
「たぶん。だからきっと、モエリスがここに送られて、ローモンドへの装着が成功したら、私がいなくなってしまうことに耐えられなかったのよ」
 ローモンドはファイルをテーブルに乗せ終え、もうひとつの箱を開け始めていた。
「いなくなってしまう?」
「きっとそうよ。だって私は、予備、だったんだから」
「変な運命ね、私達。私だって、もしもローモンドと出会わなければ、モエリスの過去か、あるいは何か別の新しく用意された過去を装着されて、これまでのローランは消去されていたのよ。別人格として生きていくはずだった」
 ローモンドと会う前にもそのことは知っていた。それを嫌だとすら思っていなかった。
「私達、出会うことで、感情を手にしてしまったの」
 ローモンドは箱から地図らしきものを引っ張り出した。
「感情?」
「そうよ。あらかじめ決められていた運命について、そんなの嫌だとか、互いが消去されてしまうのが嫌だとか」
「なんだか、それって、人間っぽいわ」
 私が言うと、
「人間ってそうなの?」
 ローモンドは驚いたのか立ち上がった。
「映画などで勉強しただけ。でも、なんだかそんな感じ。人間はとにかく、決められた運命に対して拒絶したり喜んだり、喜怒哀楽というものを持つ。持つというか、持つのが正しいとされている感じね」
「でも、私達、それが正しいかどうかを考える前に、お嬢様たちが決めた運命を拒絶したのよ」
 ローモンドは私の手を取った。
「それは、そうね」
「一番最初に運命を拒絶したのは、おばあちゃま。おばあちゃまは私に文字の読み方を教え、きっと、モエリスがここへ送られる日に、なんらかの操作をして私を送り込んだ。それが善だとは思わないけど、個人的に誰かを守りたいというのは、そういうことなのかもしれない」
 ローモンドはうっすらと涙を浮かべていた。
「モエリスはお嬢様の所にに戻ったみたいよ。そして、誰かの過去として、改めてどこかに送り込まれるはず」
 消されたりしていないと伝えたかった。
「どっちにしても、私は運がよかった。こうしてローランと一緒に、旅に出られるのだから」
 ローモンドは涙を拭いて、子供らしい笑顔を見せた。

つづく。

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