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連載小説 星のクラフト 2章 #12
ナツが帰って行くと、ランは窓を開けてテラスに出た。
テラスからは地平線が見える。その手前には樹木が固まって生えている森、屋根のある一軒家が密集している高台、農作物の植えられている畑、牛が長閑に草を食んでいる牧場など、用途によってはっきりと区画されている土地が拡がっていた。
ランはこんなにはっきりと区画されている土地を見たことはなかったが、そうは言っても、いつも通りの地球だった。
――これのどこが21次元?
司令長官の言葉を思い出していた。
――今までが0次元だったなんて。
癪に障る気がする。それでも、目の前で建物が崩れて絵画になり、司令長官が言うところの「概念」がオブジェ化したのを目の当たりにしたからには、やはりこれまで通りの法則とは異なる場所に居ることは否定できなかった。
―-昨夜、ここを飛んだのだし。
リュックの中に仕舞い込んでいる船体の鍵を思い出していた。こちら側に持ち込んでも大した問題になるとは考えていなかったのに、大袈裟なことになりそうだ。
――それにしても、どうして昨日、僕はあのオブジェの中に入ったのだろう。
不慮の事故ながらソファに鍵が刺さり、ランの身体ごと時空を飛んで、その後、ランの身体だけがオブジェの中に吸い込まれたのだ。
――理屈がわからない。
たまたま司令長官の部屋の中であり、しかも、たまたま司令長官がシャワーをしていたから見つからなかったものの、もしもリオの部屋にオブジェが置いたままになっていたとしたら、行先はリオの部屋になっていたのだろうか。
――ということは、ひょっとして、あのオブジェはこの肉体の帰る場所?
ランはこの旅が始まったばかりのことを思い出していた。
いかなる旅においても、その旅の目的は帰還することだがスローガンだった。故郷へ帰ること。これまで、船体で飛び出した時にも、一度も失敗したことはない。いつでも、最後はもといた地球に帰ることができた。ランとナツは船体で飛び出して任務を果たし、あのオブジェが意味する「ところ」へと帰っていった。
今、その帰る場所がオブジェと化した。つまり、もう帰ることはできない。あの船体の鍵を使っても、帰る場所はブラックホールさながらの暗闇なのだ。今まで、帰る場所とは土地や建物や、町のことだと思っていたが、そういった物質的なものではなかったのだ。もっと概念的なもの。
――あの場所に流れていた時間。その連続。
懐かしく思える。だけど、それほど、0地球に未練はない。次元間移動用員として育ったランは、0地球に両親も兄弟姉妹もいない。町に存在していた店や公園、歩道に対しての思い入れが全くないわけではなかったが、町は執着する余裕も与えないほど速やかに変更されていた。常に壊され、常に新しく作られている。
――我々の移動の後、あの町はどうなったのだろう。
司令長官の言うことが本当なのだとしたら、今はこの21次元地球にまで到達してしまい、0次元地球への帰り道などわからない。遠いとか近いといった距離に関する壁でさえない。
今回、もとの部屋に残してきたものはひとつもない。ほとんどは処分し、必要なものだけをリュックに入れて出発したのだった。
――勘がよかったな。
新しい旅立ちになると聞いてはいたが、まさか帰還さえできなくなるとは思わなかった。それでも、何か、最後の日、さっぱりとした気持ちで部屋を出た。今も、得に帰還したい思いもない。
ランはテラスから部屋に入り、硝子戸を閉めた。
そろそろ朝食の時間だ。
その後、司令長官が新しい任務について話すために、全員が広間に集められるだろう。
顔を洗い、髭を剃り、任務用の制服に着替えた。念のため、リュックを金庫に仕舞い、レストランへと向かった。
つづく。
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