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連載小説 星のクラフト 6

 建物は光る星屑の間を進み続けた。ひとつの星が近づいて見えたとしても、決して接触することはない。
「近くに見えたとしても錯覚だ。星屑と太陽の光で靄のようになった空間に屈折が生じている」
 ランは中央司令部から聞いた説明をそのまま口にした。
「空気は、どうなるのでしょう。私達、生きていられるのでしょうか」
 パーツ製作員に一人が心配そうにガラスにへばりついている。
「心配することはない。空気や水など、私達地球人にとって必要なものは潤沢に搭載している」
「搭載? なんだか怖い」
「だから面接の時に――」
 危険性もあると説明したはずだと言おうとしてやめた。実際、危険性などない。それはランが一番よくわかっていた。
「ラン、ちょっと来てくれ」
 背中の向こうでナツが呼ぶ。ランはキムに製作員の統率を頼んでその場を離れ、ナツの方へと向かった。
 二人は広間の横にある談話室に入った。
「どうしたんだ」
「ラン、話しておきたいことがある」
「君の愛人のことか」
「知っていたのか。できれば彼女もいっしょに連れて来たかったのだが」
 ナツは鼻の下を擦った。
「不謹慎なやつだな。無理に決まっているだろう」
 ランはナツの人間性に関して嫌いなところはほとんどなかったが、常に婚外恋愛を維持しているところは好きになれない。「マヤさんを悲しませるんじゃない」
「もちろんさ。絶対にバレていない」
「本当かな。それにバレていなければいいわけでもないだろう」
「でも、話はそれじゃないんだ。実は、マヤは妊娠している」
「なんだって!」
 ランは思わず叫んでしまった。
「僕もたった今聞いた」
「どうして先に、僕にだけでも言ってくれなかったんだ」
「言うと、連れて行ってもらえないと思ったから、だそうですよ。どうする? あの同行者たちの中に医者なんていないだろう」
 ランは頭を抱えた。まさか、そんな大事なことを内緒にしたままにするとは。でも、それほど問題ではないと思えた。
「途中のステーションで、都度健診してもらえるように、司令部に連絡を入れておく。ここで必要なものも揃えておいてもらおう。生まれるのが先か、目的地に着くのが先か、わからないが」
「頼む」
 ナツは頭を下げた。
「やめてくれよ。ナツの家族を内緒でこの建物に乗せたのは僕なのだから」
「いや、おかげで助かった。もし、そうしておいてくれなかったら、マヤのやつ、私、妊娠しているのと言って、僕をこの任務に行かせないようにしただろうし、それでも僕はなんとしても君に同行したかったから、マヤを振り切って来てしまったと思う。そうすると完全に家族を失うところだったよ。君の言う通り、旅の成功とは帰還することに他ならないのだとしたら、僕は真の意味では失敗するところだった」
 いつになく丁寧に話すナツを見ていると、ランはこれでよかったのだと思えた。むしろ、マヤたちを内緒で乗せた自身によくやったと言いたくなる。
「勘が働いたのかも。もちろん、僕も彼女が妊娠していたことは知らなかったけど、時々僕は強烈に直観が働くのでね」
 二人は顔を見合わせて微笑み、どちらからともなく握手をした。

 つづく。


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