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連載小説 星のクラフト 1章 #2

 『情景描写⇒フィクション ガラスの壁』は、昨年(2022年8月)、カフェにてスマホを使って物語を引き下ろしたものなので、読み返すまでは内容をすっかり忘れていたが、先日引き下ろした連載小説『星のクラフト』のプロローグの内容にぴったりであることに我ながら驚いている。
 『星のクラフト』のプロローグに何度も出てきた「接続ポイントに建物ごと向かい、軌道は向こうから接近してくる」件は、この『情景描写⇒フィクション ガラスの壁』と『星のクラフト』の接続を暗示しているのだ。

 先述の通り、プロローグを制作する段階で、脳内にビジョンとして下りてきた建物の姿は絵画とオブジェによって確定され、さらに、ミニチュアサイズとして公園の遊具に投影され、その後の探索で、昨年(2022年8月)使ったカフェの設置されているエリア付近へと私は接近した。
 そして、過去作品の待ち受ける軌道の持つ接続ポイントに合流した。
 つまり、脳内イメージ➡二次元アート絵画➡三次元アートオブジェ➡地図上の現場となった。

 さて、当初引き下ろした『情景描写⇒フィクション ガラスの壁 2のリンクを下に貼っておいたが、その範囲における新たな推敲バージョンを、その下に掲載しておく。

 空中に向かってぷっつりと途切れたジェットコースターみたいな線路。何かの終わりにも見えるが、始まりにも見える。その周辺に漂う時空間に穴でも開いて、さっそうとなにか乗り物が現れそうだ。
 私は桃のチーズケーキの最後の一切れを口に運びつつ、ぼんやりとガラス窓の外を見ていた。
 ――うわっと。なんだ、あれは?
 おそろしく巨体な何かがふわっと現れ、視界を遮った。
 あの世界的に有名なカフェの直ぐ横に音もなく着陸。夢想した通り、どこか別の空間から、こちら側に投げ出されたかにも見える。
 ――幻視?
 いや、はっきりと見える。大きな鳥の形だ。
 そして、すぐに何もなかったかのように、見えなくなった。いつも通り、広場の石畳を通行人たちが足早に過ぎて行くだけだ。
 ――消えた?

 いや。私は見逃さなかった。それは消えたのではない。
 眼下のロータリーを縁取る葉が明滅して揺れる樹木の中に飛び込んで、いくつかの薄青い影を地面に落として私の注意を散漫にさせた後、枝と葉と陰の織りなす死角に速やかに隠れて、別の何かへとメタモルフォーゼした。明らかに、その辺りの葉だけが他とは異なる震え方をした。

 実を言うと、こんなのは前にも見たことがある。
 最初、鳥の形をしていたものが、少しずつ鳥ではなくなる。嘴で挟んだ実に小さな虫が着いていた時の驚いたヒヨドリの顔つきや嫌悪の表情、その背後でからかうように鳴いて横切る雀を振り返る時のヒヨドリの首の仕草が、あまりにも人類そっくりだった。
 ――これは鳥ではないな。
 私はその時、一人で確信したものだった。
 いや、そもそも、鳥とはそういうものか。鳥にトリなどとお手軽過ぎる命名をしたのは浅はかではないか。彼らは多次元を往来する、偉大な何かなのかもしれないのに。やや軽率にすぎる。

 人類にそういった軽率が頻繁に起きるのは、恐らく、空間に降り注ぐ無数の記号の組み合わせがもたらす現象について無知すぎるのだ。途切れたジェットコースター風の線路やミニチュアに見える駅のプラットホームなどの記号が何層にも重なって集結した場合に、そこで発生する時間風に関しては驚くほどに無頓着。
 まして、ここではガラスの向こうのことだから。
 たとえば、あのミニチュアに思えるプラットホームは運命的に遠く離れた星を思わせる。
 そこでは時間が旋回している。閉じられた箱のようなものだ。
 箱の中に詰められた甘くて苦い、あるいは酸っぱい風船型の顛末はいつまでも無くなりはしない。風船型の包み紙を開けた時に、自身にそっくりな形をしたお菓子が飛び出して後方にひっくり返る。
 何が似ていて、何か似ていないのか、その雛型と全く等しくなってしまわない為には何をするべきではないかを考えた後、結局はよくわからず、闇雲にその顛末である菓子を口に放り込んで飲み込んでしまえば、不思議の国のアリスのように大きくなって、もう二度と元には戻らない。そして、それを忘れる。なんだって雛型なのだと飲み込んでしまえば、ひとりずつに違いなど必要ないのだろう。
 その星では、奇妙な味のものを飲み込む度に大きくなり、前の自身を忘却し、やがて詰め込まれたお菓子はなくなっていく。

 依然として、カフェでは誰もガラスの向こうなど見ていない。
 あれはガラスの壁だから。
 それをいいことに鳥たちが嬉しそうに降り立って、時間風の起点に差し掛かると堂々と羽根を着替え、あっという間に人間の言葉を覚えて流暢に話し始める――そう言えば、今朝、自宅近くのアンテナの上に止まっていた近所のヒヨドリが、飛び立つ直前に人間風の調子で鳴いたのを聞いたばかりだ!
 ダーウィンの長い年月をかけて行われた研究も、特殊な時間風に吹かれるとほんの一瞬の出来事なのだ。
 ――進化? いや、変化。そもそも人類と鳥類では系が違う?
 どうあれ、いつまでも鳥のままで同じ歌を歌ったり、逆に歌を聞いてそれを愛でたりしていたくても、喪失という接近を免れる事はないのだ。

 とある空間から投げ込まれるようにして到来した大きな鳥にしても、この時間風の吹き抜ける広場に到着し、静かに着陸した後、そのもの自体の姿としては形を喪失した。

 窓の外は、大きな鳥の落とした薄青い影が徐々に拡がるように、夜に近付いていった。
 私はカフェを出て、先ほどまで見下ろしていた広場の石畳を歩き、駅の構内へと向かうところで立ち止まった。
 ビルにもたれて、泣いている人が居たのだ。
 いつもの私であれば見て見ぬふりをして通り過ぎる。さきほどのカフェで客たちがガラス窓の向こうを見ようとはしなかったように、もはやガラスさえもないはずなのに、驚くほど分厚い壁の存在を身体の片側で意識しながら――そのうち親切な誰かが何かをするだろうことを期待して――そっと去ってしまうのが通常だ。
 ところが、その日に限っては、なにか当然のことのように近付き、泣いている人に声を掛けている私がいた。
「どうかしましたか」
 顔を覗き込むと、彼女はしゃくりあげながら私の方を見上げた。
「帰るための、鳥の形を、無くしてしまったの」
 随分と長い間泣いていたのだろうか。真っ赤に泣きはらした目だ。
「鳥の形?」
 鳥の形とは、私がガラス窓から一瞬だけ観た、あの樹木に紛れ込んでメタモルフォーゼしてしまった大きな鳥のことだろうか。それとも――。
「ひょっとして、この星のケーキを食べ過ぎたんですね」
 自身に似たお菓子を口に放り込んだ後、大きくなりすぎて元に戻れなくなるアリスのことが頭をよぎった。言った後ですぐに反省。泣いている人に対して、奇妙な言い方をしてしまった。
「いいえ、そうではなくてーー」
 彼女は手の甲で涙を拭い、こちらをまっすぐに見た。

つづく。


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