連載小説 星のクラフト 9
ランとナツは各部屋の扉を叩いて回り、船体室前の広間に来るようにと言った。ベッドに横たわっていた人は起き上がり、仲間と談笑していた人々は話を止めて二人の方を見た。
「いよいよ、軌道に接続した。今日はステーションのホテルに泊まることになる」
ランが言うと、不安とも喜びとも言えないざわめきが起こる。部屋は個室かとか、食事はどんなものが出るのかなど、細かな質問が飛び出してきたが、
「行ってみないとわからない」
ランはそう答えた。「これまでの体裁とは全く異なるからね」
人々はしんとして、不満げな空気が漂ったが、ランの言い方がきっぱりとしていたせいか、聞いてもしかたがないとわかったのか、誰もが沈黙し、広間に向かう準備を始める。
その反応はどの部屋でもだいたい同じだった。
ナツの家族も含めて、全員が広間に揃うと、まずはそこで列を作らせ、船体室には五人ずつ入れることにした。ナツが広間に残り、ランが中へと誘導する。
最初はキムを含めた寡黙で熟練の五人。その五人を階段の下に立たせ、ここを上ると接続ポイントに出ることを説明した。
「しかし、先ほども言った通り、私とナツの二人がこれまでに行ってきた体裁とは全く異なっている。これまでは二人が乗った船自体が接続ポイントに到着し、船の扉から階段を下ろして現地に降り立ったのだ。今回は向こうから接近してきたし、あの丸い穴を見てくれ、あそこから階段が下ろされてきたのだ。つまり、物理的状況としては逆向きになっていると言える」
ランがガラスの天井にある穴を指すと、五人は黙って見上げた。下から見上げても穴は真っ暗で何も見えない。
「全く初めての形なので、厳密にいうと何が起こるかはわからない。なので、まずは僕が一番に階段を上って行くことにする」
ランが言うと、
「それはだめです」
キムが言った。
「どうして」
「隊長に万が一のことがあれば、その後どうすればいいかわからないからです。あくまでも、隊長は最後までここに残る必要があります」
そう言われて、ランはそれもそうだと思った。
「危険はないはずだ。はずだ、ではなく、危険はない。それだけはわかっている」
「じゃあ、私が一番に行きましょう」
キムが階段に向かって歩き始めた。階段はステンレス製の簡易なものだが手すりがあり、一人が通ることのできるだけの幅があった。
「では、ラン隊長、行ってきます。安全であれば、折り返して、安全だと言いましょう」
キムが言うと、一人の男が一歩踏み出し、
「僕がキムさんのすぐ後にくっついて行きますよ。もしも、キムさんが階段を上り切って、あの穴の闇の中に溶けて消えてしまったりしたら、引き返して、これはだめだと伝えましょう。残酷なようですが、みんなのためです」
男は無表情なままキムの顔を見た。
「それはいいアイデアだな」
キムは静かに微笑む。
ランは許可し、二人を階段に向かわせた。二人が階段を上る靴音が船体室に響き渡る。およそ五十段ほどある。二人の姿が徐々に小さくなっていく。やがて穴の前に来た時、キムがこちらに振り返ってて手を振った後、ゆっくりと暗い穴の方に入って行った。
しばしの沈黙の後、キムの後を追っていた男が足早に階段を下りてきた。
「どうした、キムはどうなった」
ランは急に大きな不安に包まれた。男の顔も笑顔ではない。
「消えました」
船体室内がどよめいた。
「消えた? 穴の向こうは見えたか」
「見えません」
「どうなったのだ、僕が見てこよう」
ランが階段の方へと歩き始めようとすると、男がランの腕を握り、
「キムさんが言った通り、ラン隊長は最後まで行かない方がいい」
きっぱりと言う。
「でも、キムが――」
ランは言葉を詰まらせた。
「危険はないと仰ったではないですか。きっと大丈夫です。それに、キムさんが入って行った瞬間、声を発しました」
「どんな」
「それは、『素晴らしい』という声です」
「素晴らしい?」
ランが首を傾げると、男はうなずいた。
「でも、戻ってはこなかった」
男はやはり無表情で言う。「構造的に戻れなかったのだろうと思います」
「どうしてそう思う?」
「キムさんなら、もしも戻れる形になっていれば、戻って来て、『素晴らしいから後に続け』と言うはずです」
「それもそうだな」
ランは納得した。
つづく。
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