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連載小説 星のクラフト 4章 #8

「お揃いで何よりです」
 クラビスは三人の前に立った。小麦色の肌にアッシュブラウンのロングヘア。いつもはひとつに束ねている髪を下ろしたままにしていた。
「インディ・チエムは急に飛んで逃げたりしないのか」
 ナツは生き物が苦手なのか、気になっているようだ。
「大丈夫ですよ。それに、もしもそんなことがあったら、それはインディ・チエムの願望だから、逃げたとは考えません」
 相変わらず静かなトーンで話す。
「座りましょう。この場所は誰にとっても気持ちがいい」
 肩に止まっていたインディ・チエムはテーブルの上を覆う樹木の枝に飛び移った。「インディ・チエムも狭い部屋の中より、森の枝の方が好きでしょうから」
「あなたの名前は?」
 リオが待ちきれず切り出した。「私と話している時はハルミ、ランと話している時はクラビス。名簿にはエルミット。全部あなたの名前?」
「今はクラビスと呼んでほしい。でも、全てが私の名前だと言ってもいい」
「じゃあ、クラビス。ハルミはどこに?」
 畳みかけるように尋ねた。
 クラビスの長い髪を風が揺らし、インディ・チエムが枝からクラビスの肩に飛び移った。
「まあ、そう焦らずに」
 ナツはインディ・チエムの突然の動きにびくつきながらも、冷静にリオをなだめた。
「クラビス。あなたは0次元地球から共にこちらに移動した仲間だが、そもそも0次元地球の住人ではなかったのではないですか」
 ランはクラビスの瞳をまっすぐに見た。
「その通りです。ある星から地球探索要員として派遣されたグループの一人でした」
「ということは、地球人でもないってこと?」
 リオが声を上げる。
「そういうことになります。可能でしたら、他の人には仰らないでください」
 クラビスは顔色一つ変えずに言う。
「グループの一人であるなら、そのグループ員はたくさん居て、地球上を探索しているのだと?」
 ナツは疑わしそうだった。
「多くの地球探索要員は数年で過去の記憶を失います。過去の記憶とは、地球探索用に育成された記憶。それはある段階で消去されるように設定されていますから。消去された後は、もともと地球に居た人間であるかのような過去の記憶をインストールされる。そして、本人もその記憶に従い、地球探索要員で会ったことを忘れて、地球人として馴染み、順当に暮らすことができる」
「ところが、あなたは記憶が消去されなかった。それはなぜ?」
 ランは地球探索要員が地球に派遣されている事自体は聞いたことがあった。彼らは地球を乗っ取るつもりがなく、行動が無害なので許容されているらしい。
「インディ・チエムが居たから。なぜインディ・チエムが私のところに来たのかは定かではありませんが、そろそろ記憶が消去される時期に差し掛かった時、当時住んでいた家の庭の樹木にインディ・チエムが止まった。そして、意思疎通し、それまでに持っていた記憶をインディ・チエムの指示に従って保存したのです。
 方法は、一旦、インディ・チエムの脳内にある記憶装置にコピーし、私はその一瞬、すっかり記憶喪失になり、時を見計らってインディ・チエムが素早くもとの記憶を移し替えました。記憶喪失の最中に中央司令塔から電波で送られてくる地球用の過去を装填されたようですが、インディ・チエムの中に保存されていた記憶を上書きすることで、私は元通りの状態になりました。中央司令塔はこのことを知りません。そこはインディ・チエムの誘導に従ってうまくやり過ごし、私は地球探索要員であったことを忘れたふりをして、0次元地球で隠者の如く暮らしていました。
 ある日、ラン隊長率いる次元移動プロジェクトのパーツ製作要員の募集を見つけたので、応募しました。インディ・チエムの指示に従って、新しい物語を作るための装置製作を担当することにしました。これなら、それほど物質を扱うことに慣れていない私にでも遂行できますので」
「どうしてこのプロジェクトに?」
「インディ・チエムが、このプロジェクトは地球外の星に渡るための中継地点を作ろうとしていると教えてくれたから」
「中継星の建設が行われることを最初から知っていたのですか。こちらに着いてから、司令長官が後で詳しくみんなに説明すると仰っていたが」
「知っていたと言いますか、インディ・チエムの予覚により、前もって告げられたとするのが適確です」
 再び、インディ・チエムはクラビスの肩を離れて樹木に飛び移った。
「最初からご存知だったのはわかりましたが、参加する理由は?」
「ひとつにはインディ・チエムの希望でもありましたが、もうひとつには故郷の星に帰りたい希望があります。故郷とは地球探索要員として育成されたところですから、特によい思い出はありませんが、忘れ物があることを思い出しました。地球探索要員として送り出される時に、持ち出し禁止として没収されたものです」
「それはなに?」
 リオは好奇心に満ちた目をクラビスに向けた。
「育成所で親しくしていた人が地球探索要員として送り出される直前に、私に手渡した書物です。次世代の後輩に渡し続けるようにと言われました。でも、書かれている文字は誰にも読めない。いつかは読める人が現れるとの言い伝えと共に、引き継いでいくはずでした」
「没収されたのなら、もう焼かれたのでは?」
 ナツは憎々し気な表情を作ってみせていた。
「私はもともとは持ち出そうとしたのではなく、引き継ぐ後輩を見つけられずにいました。それで、仕方なく持ち出そうとしたところ、中央司令部に没収されたのです。でも、もしも焼かれたのであれば、あの星は消滅するはずです。言い伝えではそうだった。もちろん、初めから、こんな言い伝えを信じていたわけではありませんし、長い地球生活で忘れていさえいました。ご存知の通り、地球は思いの外、住み心地のいい場所ですから。でも、インディ・チエムとの遭遇が私にあの本のことを思い出させてくれたのです。確か、表紙にはインディ・チエムと同じ鳥の図が描かれていた。その鳥を肩に乗せる人の絵と共に」
 クラビスはそこまで言うと、深く息を吸い、長い溜息のようにゆっくりと吐き出した。
「つまり、それは、クラビス、あなたではないかと、思っているのですね」
 ランが言うと、インディ・チエムが枝から一度空高く飛び立ち、樹木の周りを一周して、ゆっくりとクラビスの肩に舞い降りた。

つづく。

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