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解読 ボウヤ書店の使命 ㉕-16

 長編小説『路地裏の花屋』の読み直し。
 続きから。

第三章

 中西には蓮二朗から頼まれた依頼以外にも仕事はある。目下調査中なのはある専業主婦Aの経歴や周辺の人間関係について。Aは専業主婦というだけあって、巷で言うところの「職業」は持たないが、ご本人が巷で自ら吹聴して回っていることによると「他人の想念を読み取る力があるのであらゆる人々を導き社会を善良な方向へと動かしている」のだそうだ。たとえば夫からのDVに悩んでいる主婦がいると「あなたのご主人は前世であなたを助けたのだから、今世ではあなたが助ける番なのよ」と言って離婚を取り止めさせる。それだけであれば言われた方も信じるかどうかは自由だし、法律事務所が取り扱うほどの問題にもならなかったのだろうが、とある人物について「あの人は危険思想を持っている。私は想念を読み取れるのでそれがわかる」と噂して回ったことで、警察沙汰となり、誹謗中傷を受けた側がどうにか法律的処理ができないかと相談を持ち掛けたのだ。
 調べたところによると、その専業主婦Aは「他人の想念を読み取る会」のようなものに月に一回は通っていて、その中では相当の古株であるらしく、会の中では年功序列的な制度もあるのか「能力者」ということになっているらしい。それで本人も自分は「能力者」であると思い込んでいるのだが、今では誰も信用はしていないそうだ。
 関係者の一人から話を聞いたところによると、Bさんの想念をCさんのものだと勘違いして「あなたはね――」などと語るので混乱を招き、何もかも意味が分からなくなるらしい。
「だけど、他者の想念そのものは読み取っているの?」
 中西が問うと、その関係者は
「わかりません。私自身は通っていても一度も読み取ることができたことはないし、傍から見ていて思い付きで言っているんだなと思うことがほとんど。でも人って、苦しい時には信じてしまうみたいです。それで言われた方が楽になるならいいんじゃないかと思うけど、苦しめられる場合はどうかな」
 と言った。
「君は信じていないの?」
「全く」
「じゃあどうしてそこへ行くの?」
「愚かな人たちを眺めているのっておもしろいから。刺激を求めているの。だって刺激がないと生きていけないでしょ」うっすらと笑う。
 中西はこういう時、この仕事がつくづく嫌になる。明確な悪人ではなく、それらを傍観して楽しんでいる不謹慎者が情報提供を名乗り出ることは多く、仕事柄どうしてもそういった人との接触が多くなるのだ。結局は同じ穴の狢だ。がっくりと落ち込んでしまう。
「Aさんがある人の事を危険思想があると噂して回った話は知ってるかな?」
 その傍観者に聞いてみた。
「知ってるかって、そんなことしょっちゅうやってるわよ。前には、ある人の事を『あの人はふしだらな女なのよ』と言い続けたこともある。どうやら思い込ませるためのあらゆる手段を使って追いつめたらしく、結果的にその人は自殺してしまわれたのだけど証拠を残す訳でもないし、私たちの間ではあれはAさんが追い詰めてやったんだなとわかっているけど、証拠もないし、外部にばれたりはしないんですよ。まあ、嫌がらせをする程度の能力はまだあるのかな」
「まだあるって、そういう能力は、段々となくなるの?」
「そうらしいよ」
 情報提供者はふんっと顔を歪めて笑う。「色気がなくなるのと同じように」
 聞き取り調査で録音した後は、事務所でノートに書き取った。
 仕事上の情報はノートに書くことにしていて、パソコン上には決して残さない。父親が「紙ベース」を主張するのを時代錯誤と馬鹿にしてきたが、やはり中西自身にも癖がついてしまったのか遺伝なのか、秘密の記録は全てノートに手書きである。蓮二朗から依頼された件に関しても、サロンに潜入した時のことはノートに書き留めていった。

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