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連載小説 星のクラフト 7章 #9

 しばらく、ローモンドは本を読もうとしていたが、すぐに「車の中で本を読むことは無理だ」と言った。
「頭が痛くなる」
 本をシートに投げ出し、目をつぶってだらりとしている。
「車酔いね」
「鳥の形に乗り慣れているから、大丈夫だと思っていたのだけど」
 眉間を寄せて、辛そうだ。
「きっと、揺れ方が異なるものだから」
 私は後部座席の窓を少し開けた。
 高速道路に乗るまでは町中の道路を走る。住宅街を抜けると、道路の両端にプラタナスが延々と植えられている国道に出た。通学自転車の横をすり抜け、小学生たちが渡る横断歩道で停止する。まだ自動運転に慣れない私は、機械がこんなに細かな状況にも対応できることに驚いてしまう。
「風に吹かれると気分がいい」
 ローモンドはどうやら本格的な車酔いに至らずに済んだらしい。黒く染めた短い髪がさわさわと揺れている。
「ホテルに着いてから、ゆっくりと本を読めばいい。今はドライブを楽しんで」
 私はバックミラーに向かって言った。
 やがて、またローモンドは眠ってしまった。

 一時間ほど高速道路を走ると、直ぐに国道に降りた。そして、正午になる前に目的の宿泊施設に到着。
「ローモンド、もう着いたわよ」
 一日目と同じように、私は彼女を起こすことになった。車の中で、よくもあんなに熟睡できるものだと感心する。
「早いね」
 薄目を開けて、眩しそうに窓の外を見た。
「あれが今日泊まるところ」
 私が指すと
「へえ、昨日とは全く違う」
 少し残念そうに肩をすくめる。
「民宿じゃないかしら。民泊というのかもしれないけれど」
「ちゃんと予約とれているのかな」
「ナビに登録すれば、自動的に予約されているはずよ。お嬢様からもらった仕様書にはそう書いてあった」
 宿泊施設は古い木造建築で、広々とした農地の真ん中にぽつねんと存在していた。農地と言っても、見渡せる範囲に作業をしている人はいない。トウモロコシかサトウキビを思わせる葉がどこまでも茂っている。
 私は宿泊施設の庭に車を停め、エンジンを切り、外に降り立った。
 ローモンドもまだ眠そうに眼を擦りながら、外に出て車の横に降り立った。
「誰も出てこないね」
「確かに」
 昨日のホテルでは、着いたらすぐにシェフが外に出てきた。
「大丈夫かな」
 ローモンドは不安そうに私を見る。
「大丈夫よ。ナビの通りに車が私達を運んできたのだから」
 努めて明るく言ってはみたが、木造の建物の周りに雑草が生えているのを見ると不安にならずには居られなかった。
「とりあえず、玄関の扉を開けよう」
 大丈夫かなと言ったのはローモンドだったが、すぐに明るさを取り戻し、私より先に歩き出している。急いで後を追い、二人で玄関に立った。
 小さな呼鈴があり、それを押してみる。
 返事はない。
 もう一度押してみる。
 それでも、返事はなく、誰も出てこなかった。
「開けてみるか」
 玄関は普通の住宅のような引き戸で、私が取っ手を持って横に引くと、直ぐに開いた。
「鍵、掛かってない」
「ごめんください」
 二人で何度も呼び掛けたが、返事はない。
「入ってみる?」
 勇気を出して、中に一歩入ってみた。
 中は真っ暗だった。
 入ってすぐの壁にスイッチがあるので押してみると、玄関先の明かりが灯った。
「ごめんください」
 やはり返事はなく、誰もいないらしい。
「これ、宿泊施設じゃなさそう」
 ローモンドが言う。
「でも、中央司令部から送られてきたあの車と連動した地図には、私達専用の指定ホテルのひとつだと記されていたはずだけど」
「その地図、古いんじゃない?」
 心配そうにこちらを見た。
「そうかも」
 認めるしかない。
「他のホテルにする?」
 ローモンドは建物の中を覗き込んでいる。
「そうね。そうするしかないかな」
「あ、ちょっと待って。中に、やっぱり本棚がある」
 ローモンドが叫んだ。「あの本!」
「あの本って――」
 私も中を覗き込んだが何も見えない。
「あの本よ。あの本がある」
 ローモンドが私の右腕を引っ張る。
「真っ暗でよく見えない」
「言ったでしょ、私は特別に眼がよく見えるのよ!」
 そう言いながら靴を脱ぎ、もう家の中に駆けあがっていた。
 急いで私も後を追う。
 玄関の上がり框の向こうにある部屋の明かりを点けると、小さな畳の間があり、その角に小さな本棚があった。そしてやはり、一番下段の、一番左側に、《時空間移動手引書》と書かれているらしい、あの本が差し込まれていた。

つづく。

#星のクラフト
#SF小説

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