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連載小説 星のクラフト 2章 #2

 ランとナツは樹木にもたれかかって座り込んでいる女の子に近付いていった。
「ナツから鍵のことを聞いた。リュックの中は調べたのか」
 ランはしゃがみこんで彼女の顔を見た。もともとの色白がもっと蒼ざめて見える。唇も血色が失われ、かなり困惑していることがひと目でわかった。
「調べました。でも、ありません」
「最後に見たのは?」
「階段を上がる前です。先に上がっていった人が下りてきた様子はなかったから、ひとたび上がったら、もう建物には戻れないな、と思っていました。実際、司令部から派遣される時に、そんなことをほのめかされました。今回はいつもと違う出奔になると」
「誰から?」
「上部からです」
 小柄だからといって、女の子のことは十代前半だと思っていたが、こうして話してみると、もっと大人なのだと気付いた。
「階段を上がる前に、どんな風に鍵を見たの?」
「リュックにきちんと入っているかどうか、確かめようと思って、底に入れてあるのを取り出して確認しました。それだけです」
「確認し、それで?」
「また、リュックに仕舞いました。私の記憶が間違っていなければ、ですけれど」
 下唇を噛んで、眉尻を下げる。
「自信ないの?」
「いいえ。記憶としてそうだとの自信はあります。でも、もしもあの時すでに、建物全体がこちら側の磁場に入り込んでいて、充満する粒子の状態が、こちら側の次元規則に準じていたのだとしたら、私の記憶と事実の間にズレが生じても不思議ではありません」
「つまり?」
「リュックから取り出した時に、どこかに失われてしまった」
 少女は泣きそうになっている。
「ちなみに、それ、何に使う鍵?」
 ナツが立ったままで言う。めんどくさいやつめと思っているのがありありと分かる顔つきだ。
「飛行です」
「飛行機?」
「まあ、そうとも言うでしょうか」
「そうとも言うって、――」
 ナツはランの顔を見た。指で頭を押さえている。つまり、意思疎通の難しい相手なのではないかと言いたいのだろう。
 ――失礼なやつめ。
「もしも、あなたの言う通り、鍵がこちらの次元規則に準じて失われたのだとしたら――」
 ランはナツに主導権を握らせると、彼女の気分を害するに違いないと考え、慌てて自身が手綱を握った。
「疑っているの?」 
 少女は睨む。
「いいえ。私も何度かこの星に来ていますから、物理規則についてはある程度理解しています。最後まで聞いてください」
 滑舌よく話すと、少女は黙ってうなずいた。
「鍵はこの星に落ちていることになります。この星の次元規則に準じて失われたものが、かつての場所に落ちているとは思えません。実際、探そうとしても、あの建物はもう二次元の絵画になってしまったわけですから。絵の中に鍵らしい図などなかったのでしょう?」
「そうです。でも、オブジェは?」
 少女は目にうっすらと涙を浮かべつつも、強い語調で言った。それほど大切な鍵だったのか。
「オブジェは、おそらく、絵画になる直前の三次元タイプの残像が焼き付けられたものでしょうが、その中に鍵があったとして、もう、小さくなって使えないと思いますよ」
「あのオブジェ、解体してもいいかしら」
「それはどうかな。少なくとも、X線を当てて確認することぐらいはできるでしょう。司令長官に頼んでみますよ」
 ランが言うと、少女の顔にはわずかにではあるが、希望の色が広がった。

つづく。


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