見出し画像

連載小説 星のクラフト 2章 #9

 思いも寄らない結果に、三人はしばらく黙り込んだ。
「ブラックホールが一体どういったものなのか、実のところ、この21次元地球でも明確にはなっていない」
 司令長官がぽつりと言う。
「この次元まで来てもわからないのであれば、仕方がないですね」
 ランはオブジェをじっと見た。「もちろん、まだ、これがブラックホールだと決まったわけではありませんが」
「長官、それよりも、お伺いしたいことがあります」
 リオは神妙な顔つきをした。「私達はどうして絵画になってしまわなかったのでしょう」
「確かに、そうだな」
 ランも同意した。三次元立体の建物が絵画になったのだとしたら、肉体も絵画になってしまっても仕方がないだろう。
「あの階段を通ったから」
 長官は二人の目を交互に見た。「建物自体は階段を通ったりしない。じゃあ、どうして、我々が全員こちら側に上ってきた後、建物は目の前で消え失せ、絵画になったのか。気になるだろう?」
 二人は同時にうなずく。
「絵画はあの建物を知っている人々にとって、記憶の抽象化されたものだ。21次元までくれば、脳内記憶は絵画イメージになる。建物に附属し、なんらかの機能を果たしていたものはこちらにひとつも持ち込まれていないはずだ。もしも持ち込まれていた場合、その機能が物質化する可能性は考えられなくもないるが、誰かが何かを持ち出したなどという報告はないしね」
 長官の言葉に、ランはドキッとした。船体室に保管されていた箱の中の鍵を抜き取ったのだが、もちろん、建物の中には監視カメラが装着されていることぐらい知っている。だから、わからないように、船体の最終確認をするふりをして、素早く抜き取ったのだが、見られていたかもしれない。あるいは、その行為がこのオブジェを創出してしまったのか。
「そうですね」
 ランは葛藤しながらも、何食わぬ顔を装って同意するふりをした。持ち出した鍵はまだリュックの中にあるはずだ。リオが自身の鍵を失くしてしまったと訴えた時、さりげなく自分の鞄の中を調べたら、確実にランの持ち出した船体の鍵はあった。
「X線チェックの結果から考えると、やはりブラックホールと考えるのが正しいだろう。その中に、リオの鍵が投げ込まれてしまったのだとしたら、もう戻ってはこないだろう。ブラックホールには出口があるのではないかとの仮説もあるが、実証されてはいない」
「私、どうすれば?」
 リオは泣き出しそうだった。
「早急に新しいものを作らせよう。第一、この21次元に渡ってきた人全員に、個別に作って渡す予定なのだから、そのタイミングで新調すればよい」
 司令長官が言うと、リオは少し晴れやかな顔つきになった。
「ひとまず、このオブジェは私が預かっておこう。絵画はリオの部屋に置いたままになっているが、ひとまず預かっておいてくれ。後程、どちらも中央司令部の検査室へと持ち込み、精密検査を行う事にしよう」
 そう言って、会合は終わった。翌朝、広間で全体会議があり、そこで、今後の任務についての話があるらしい。
 ランは部屋に戻り、さっそく、リュックの中に入れた鍵を確認した。鍵は鉄製で長さが三十センチほどで、T字型の持ち手がある。先には簡単な突起物もあるが、形が問題というよりは船体の電気系統と反応してエンジンが掛かる仕組みになっている。形状はシンプルで、相手が船体でなければ、どうにもならないだろう。
「置いてくればよかったな」
 最後に階段に上る前に、箱に仕舞っておけばよかった。その時はすっかり忘れていて、再び建物に戻ってきた時に、箱に入れ直すつもりだった。
 ランが何気なく、その鍵をたった今座っているソファに置いたその時。
「うわっ、と」
 ソファが激しく揺れて天井に向かって浮かび上がった。
「なんだっ」
 ランはソファにしがみつく。
 ソファはガタガタと揺れ、天井からぶら下がっているシャンデリアを壊した。
「何が起きたんだ」
 見ると、鍵はソファに突き刺さっている。
 なるほど、このソファが船体様を帯びたのか。
 運が良いのか悪いのか、ランはソファにランの荷物を全て載せていた。それらが落ちないようにしがみつく。
 気付くと、ホテルのガラス窓を突き破って、ソファごと外に飛び出した。
「なんだこりゃ」
 気を失い、目が覚めた後、ランは暗闇の中に居た。
「ここはどこだ」
 手探りで床を這い、扉らしきものにゴツンと当たり、扉が開いた。
 外はほのかな明かりがあった。ふかふかしたカーペットのような手触りのする床。
「あっ、これは!」
 もとのホテルの部屋らしい。しかし、ランの部屋ではない。角部屋、
「あっ」
 司令長官の部屋じゃないか? 服が脱ぎ散らかされ、どうやらシャワー室に入っているらしい。
 そっと明かりを点けると、テーブル上に置かれたオブジェが目に入り。見ると、扉が壊れていた。傍に、ランの持ち物が放り出されている。
「ひょっとして、僕はここから飛び出したのか?」
 ランはオブジェの扉に触れた。それから自身の身体を確認した。どうもなっていない。荷物を取り、長官がシャワー室から出てくる前に、そっと部屋を出た。
 心臓の鼓動が止まらない。
 部屋に戻ると、ソファに鍵が突き刺さったままになっていた。窓は何事もなかったかのように壊れてはいなかった。
「どうやら、船体の鍵とオブジェはリンクしている」
 ランはひとり呟いた。

つづく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?