見出し画像

解読 ボウヤ書店の使命 ㉕-27

長編小説『路地裏の花屋』読み直しつづき。

《―録音された内容 おくさまの話 つづき―
 そうやって、しばらく窓から建物の中を眺めておりますと、蓮二朗は赤い薔薇の絵を描いていました。持ってきた薔薇を見ながら描いている訳でもなくて、なんだか塗り絵でもするように絵筆をカンバスに置いていましたわ。頭の中にあるものを映しているみたいに。それを見て、あら、あれじゃまるで赤ドラじゃないって思った。ほほほ。絵心なんてものは理解できませんけれど、素敵に思えました。欲しいと思いました。先程の訳のわからない腹立たしさが今度は、欲しいという気持ちに化けたのよ。それで、四つん這いになっている侍従の背中から降りましてね、私、言いましたわ。ねえ、見て頂戴、蓮二朗が描いているあの絵、あれ、いつか盗んでくれない? あの絵、私欲しいわと。もちろん侍従は、お嬢さんそれは困りますと言いましたけれど、結局私は駄々をこねさえすればなんだって叶ったのよ。数か月後でしたけれど、盗んできてくれました。
 ところがね、その絵、中を開けてみますと額と絵の間に手紙が入っておりました。びっくりしたのだけれど、静子宛てに書いた誰かのラブレターでしたわ。「静子さま。いつもありがとうございます。いつかこれを見てくださる日がくるかとおもいます。愛しています」と書いてあったわ。書いた本人の記名はなかった。どうしてそんなところに挟んだりしたのかしら。それは分からないけれど、書いたのは蓮二朗ではないことは確かなのよ。似た絵を誰かが描いて後ろに手紙を入れたのよ。だって、彼は字が書けませんの。平仮名も読めないのよ。蓮二朗に聞いたことがありますの、あなた読み書きは出来るの? と。いいえって、言いました。だからあの手紙は誰か他の人が書いたのよ。彼が書いたのではないわ。だから侍従が盗んできたのは蓮二朗の絵ではなく、そのラブレターを書いた人間のはず。それでね、もしその人間が騒ぎ出しでもしたら、私たちが盗んだことがいずればれると思って、私大慌ていたしました。
 妙ですわよね。普段、麻雀ばっかりやって暮らすようなことをしておきながら、絵を盗んだことがばれそうなだけで慌てるのですから。
 でも、理屈ではなく本当にあの時は焦りましたわ。それで、とりあえず、侍従たちと相談して、むしろ静子に直接会って、白々しく薔薇の絵を褒めて、「こんな絵を描いてください」と指定して注文しました。デザインにしたいから何枚も描いてほしいと頼んだのよ。そうすれば、紛れてしまって盗んだことはわからなくなるに違いないわって思いました。その絵を使って、私たち専用の紋章も作ってもらって、着物を染め抜いたり便箋を作ったりもして、彼女と仲良くなってしまうことでごまかしましたの。その縁で、立ち退き問題の時に、静子にこのアトリエも紹介してさしあげましたし、金銭面での援助もさせていただきました。いえ、ご本人は援助されたという風には思っていないわ。絵が高く売れたって、誇りに思っていらっしゃるのじゃないかしら。
 盗んだ絵はしばらく私が持っておりました。それでね、その絵、ある庭師と文通するのに使ったりもしたの。文通だけですよ。額と絵の間に挟み込むなんて、あら、なかなかいい考えだこと、と思って、アイデアを拝借いたしましたのよ。ところが、そんなことしているうちに夫が亡くなって、そうすると文通していた庭師が面倒なことを言い始めたの。この絵、盗んだものだろうって。どこで手に入れた情報かわかりませんけれど、静子がずっと昔、一枚だけ盗まれたことがあると言っていると、私を強迫し始めた。知らないわよ、とか、時効よ、とか言えばよかったのだけれど、私、本当に馬鹿でしたわ、彼に言われた通りお金をあげてしまって、なんだか認めたようなことになってしまった。いよいよ、そうそう、竹林に来いって言われて怖くなって、仕方なく息子に相談したら、絵なんかオヤジの荷物ごと葬ってしまえばいいだろうと申しましてね、嫁が手伝っていろいろまとめて処分してくれました。庭師があの絵はどうしたと聞くけど、そんなの知らないわって、もちろん、もう知らんぷりですのよ。

《中西の潜入に関するメモ ⑥》
 六月二十日 おくさまとお知り合いになるとは思いも寄らなかった。しかもリュウハを見せたら大興奮。聞きたかった話を次々と話してくれました。だけど、どうなのかな、絵の後ろに手紙を挟むのが彼らの習慣か。よくわからない。それはともかく、おくさまの見つけた手紙は蓮二朗が静子に書いたものだろうね。ひょっとして、蓮二朗が探しているのは、ほんとはその手紙じゃないの? あやのがどうとか作り話とか? いずれにしても真面目に探す必要なさそうだな。
《中西の潜入に関するメモ ⑦》
 七月十日 ユミカのアロマサロンでした。蓮二朗からの頼まれごとなんてどうでもよく思えてきたけど、こちらは気持ちよくてやみつきになりそう。打ち切りとなっても自腹でいくか。行こう。》

 これで長編小説『路地裏の花屋』五章が終わり。
 明日からは六章へ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?