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連載小説 星のクラフト 4章 #9

 インディ・チエムを肩に乗せたクラビスは頷いた。
「バカげているとお思いでしょうけれど」
 悟り切った笑顔を浮かべる。
「バカげているとは思わないが、にわかには信じがたい」
 ナツが腕組みをして、上目遣いにクラビスを睨んでいた。
「クラビス。その故郷の星が破壊されていないことは確かなのか」
 ランの方はクラビスを全く疑っていなかった。むしろ、ラン自体も抱えている秘密を、クラビスとインディ・チエムが共有している可能性があると思い始めていた。
「はい、隊長。もちろん断言はできませんが、インディ・チエムとの交信においてはそのように理解しています」
「今回のプロジェクトは中継ポイントとなる新星を構築するのが目的だが、もしもその新星の建設に失敗した時、クラビスの故郷には戻れなくなるのだね」
「おそらく。他に中継ポイントがなければ、ですけれども」
 クラビスはインディ・チエムを左腕に乗せ換え、右手で背中を優しく撫でた。
「現在の中継星である青実星は誤作動を起こしているらしい。地球に送り込む予定ではなかったものが送り込まれ、送り込む予定だったものが送り返されているのだとか。それで新星を建設するほかなくなったのだと司令長官が仰っていたね。誤作動の理由が、そのクラビスの言っている本と何か関係があるのだろうか」
 ランもその本を読みたいと思った。
「さあ、どうでしょう。新星を建設し、それから、私の故郷である星へと向かうことができるまでには長い年月がかかりそうです。実際にその本を手に入れることができたとしても、やはり文字が読めないでしょう」
 クラビスは悔しそうではあったが、それでも、本を入手するまでは諦めない覚悟のようだった。
「その星に戻ったとして、その本は返してもらえるのか」
 ランの言葉に、クラビスはしばらく沈黙した後、
「大丈夫です」
 静かに答えた。「没収されたのは複製です。言い伝えでは、本を受け取った者はその星を出ることになるまでの間に、複製を一冊作ることが義務付けられていました。万が一、引き渡す後輩が見つからなかった場合、本体をとある場所に埋め、複製を持ち出すことが決まりでした」
「なるほど。では、複製は中央司令部に没収されて焼かれてしまったかもしれないのだな」
「そうかもしれません。他にも持ち出そうとして没収されたものがありましたから、それらと共に、複製は焼却処分となったのかもしれません。中央司令部は誰も何も知らないはずです」
「あなたの故郷星の中央司令部は、あなたがこのプロジェクトに参加していることを知らないのか」
 そんなことがあり得るだろうかと疑っていた。
「わかりません。私に与えられた0次元地球の居場所を探せば、どこにもいないことは一目瞭然ですから、探し回った挙句、そこにいないことがばれるかもしれませんし。でも、一度、地球に根付いたら、後はそれほど探し回ったりしないのが通常です。何人もの先輩方が、いつの間にか昔の記憶を失くし、新しく装填された記憶にふさわしい生き方を始め、すっかり地球に根付いていくのを見ました。彼らが地球に根付いたら、もう監視の外になっていました」
「それは、ひとつの自由だと考えていいのか」
 ナツは髭を撫でながら首を傾げた。
「どうでしょう。客観的には、故郷星で地球探索要員として育成された過去を抱いて生きるよりも、新しく装填された過去に従って生きる方が幸せに思えました。たいていは、消防士とか、災害対策委員とか、国立公園の植木職人等、即戦力としての人材になっていきました。どのように、それが地球上の人々に受け入れられたのかはわかりませんが、あたかも昔から存在した同僚のように、彼らは地球に根付いていきました」
「クラビス、あなたは地球では何になったことに?」
 ランはクラビスの履歴書を思い出せなかった。たとえ、中央司令部とやらから押し付けられ、気付かないふりをして受け入れたものであったとしても、なんらかの職業があったのだろうけれど。
「地下水道の整備です。ネジの緩みがないかとか、錆びて朽ちてしまいそうな箇所はないかを点検し、あれば新品に交換する」
「そうだったな」
 それを聞いて、ランは思い出した。パーツ製作に有用な人材だと思って採用したのだった。
「ね、それより、ハルミはどうなったの?」
 それまで黙っていたリオが口を挟んだ。「私が0次元地球の作業中に会っていたのはハルミよ。あなたじゃない」
「そうでしょうね。私はあなたに覚えがありません」
 クラビスは少し寂しそうに微笑んだ。
「二重人格?」
 リオの言葉に、
「そんなことはないだろう。俺はさっき、ランと一緒に、クラビスがハルミとやらと話しているのをはっきりと見たのだから」
 ナツが言う。
「ハルミはインディ・チエムです。インディ・チエムは様々なものに変化することができる」
「じゃあ、ハルミとインディ・チエムが一緒に居る時は?」
 リオは見逃さなかった。
「その時は、――」
 クラビスは目を閉じる。「言いにくいけれど、私がインディ・チエムです」
「なんだそりゃ?」
「わけがわからないでしょう。私にもどうしてこのような現象が起きているのかわかりません。ただ、そのような現象が起きていることだけは把握できています。できれば、ハルミと私とインディ・チエムの三人、というか二人と一羽で会ってみたいものですけれど」
 目を開き、インディ・チエムの頬と自身の頬を擦り合わせた。
「ところで、どうして、この話を僕たちにしてくれたのでしょう」
 ランは不思議だった。そんなに簡単に他者を信用していいのだろうか。
「インディ・チエムがそうしようと言ったから。この場所を選んだのもインディ・チエム。ここだけは盗聴網から外れているそうです。ホテルの中はどこもかしこも監視下にある。もちろん、司令長官やプロジェクトに携わっている人々が、我々を監視して奴隷のように扱おうとしているわけではないでしょう。むしろ安全の為に、監視ネットが張り巡らされているのです。ただ、この話はあまり聞かれたくないものですから。それに――」
 クラビスはナツの方を見た。
「それに?」
「あなたにとって半家族と思える人の中に、注意が必要な方も居そうです。インディ・チエムの知覚においては」
 インディ・チエムが甲高い声で鳴いた。
「え? 誰?」
「あれじゃないか」
 ランが小さく小指を立てた。
「まさか」
 ナツは顔を紅潮する。
「断言できるものではありませんが、慎重な行動が必要かと。それから、リオさん、あなたが失くしたと言っていた鍵ですが、インディ・チエムが拾ってきました」
 クラビスはポケットから鍵を取り出して見せた。
「あ、ほんとだ!」
 リオは喜びの声を上げた。
「でもお渡しすることはできません。インディ・チエムの言う事には、これは、司令長官の部屋にあったらしく、どうして? って思いませんか」
 クラビスは再びポケットに入れた。
「やだ、返してよ」
 クラビスに飛び掛かりそうになるリオをナツが押さえて、話を聞こうと諭した。

つづく。


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