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連載小説 星のクラフト 5

 ランは二階に現れたパーツ製作員たちを、ガラス張りの部屋へと招き入れた。
「これまで、この部屋は見せたことがなかったね」
 船体だけで飛び出す場合には、それほど多くの荷物を持ち出すことはできない。従って、パーツ製作は大きくても1㎥程度になるし、関わる人数も多くない。今回は中央司令部から要求されるパーツひとつずつが大きかったし、製作員の数も多かった。船体に乗せることができるだろうかと考えていたところ、建物ごと出奔するとの通達があり、なるほど、それならあの大きさ、あの人数でも大丈夫だと納得したものだった。
「工房から天井を見上げても、この部屋は見えませんでした」
 一人の製作員が足元の床から工房が見下ろせることに気付いた。
「隠していたわけじゃないが、すまない」
 ランは謝った。いつも見張っていたわけではない。でもこのような構造になっていることを知らせないまま、下階で働いてもらっていたのは倫理に反すると思える。「上からしか見えない特殊なガラスになっている」
「どうして、こんな風に?」
 製作員はよほど不満なようだった。
「わからない。もともと、こういう構造になっていた」
 ランが言うと、製作員は小さくうなずき、納得できないとしても、ひとまず引き下がる様子を見せた。
「とにかく、今は、側面のガラスから外を見よう。みんな、こちらに来て」
 飛行する建物は光る粉の中を進んでいた。遠くにいくつかの光る星が見え、ひとつの大きな球体は後ろへ遠ざかっていった。
「あれは月」
「ラン隊長、この建物は宇宙船だと考えていいのでしょうか」
 また別のパーツ製作員が一歩前に歩み出た。
「そう考えてもいい。ただ、宇宙とはなにか、船とはなにかと熟考し始めると、明確に宇宙船だと言っていいのかどうかはわからない」
「これまでは、この船だけで出奔していたのでしょう?」
「そうだ。その時には、この建物は船体の置き場、あるいは港、空港のようなものだと考えていたのだが――」
「中央司令部から、空港である建物ごと旅立つことが伝えられたのでしたね」
 ランは頷いた。
「急遽、でしたが」
 製作員は外の景色を見たことで不安になったようだった。
「そうだったね。理由も何も聞かされてはいない。しかし、さきほどにも話した通り、結果としては必ず成功する。成功とは帰還のことだ。旅路における成功とは、帰還以外のなにものでもない」
 ランも一人の人間だ。不安がないわけではなかった。船体で飛び出すことは何度も経験してきたが、それでも慣れたと思えることは一度もなかった。まして、今回は建物ごと行くというのだから、ランにしても初めての経験だ。だけど、製作員の前では「ラン隊長」なのだ。それらしくふるまうしかない。
「なぜ必ず成功するとわかっているのでしょうか」
 横で聞いていた、もう一人の製作員も口を開いた。
「失敗は成功の基という、有名なことわざを知らないのか」
 ランは老成して見せた。「どうあれ、最後には成功するのだ」
「隊長は強いですね。何年もお付き合いしていますけど、弱音を吐いたことがない」
 後ろで話を聞いていたキムだった。もっとも年を取った製作員で、ランが彼の方に振り向くと長く親しんできた笑顔を見せてくれた。
「キム。一緒に旅ができてうれしいよ」
 ランは本心でそう思っていた。製作員はたくさんいるから全ての名前を覚えることはできない。でも、キムは別。キムはランが初めての飛行を成功させた時にも製作員として関わってくれたし、ラン以外の飛行士の裏方も経験している。
「キム、他の若い製作員をまとめてほしい」
「私にそんなことができるでしょうか」
「キムにしかできないよ。でも何かをしなければいけないわけではない。結果的に全ての物事は成功するのだと、言い続けてくれればいい。それより、あとしばらくだけ見られる星屑のエリアを楽しんで。軌道に接続する時には、突然接続されて、星々の光は見えなくなってしまうから」
 ランが言うと、キムはうなずき、ガラスの間際まで行って空を仰いだ。

 つづく。


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