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連載小説 星のクラフト 5章 #2

 ローモンドが眠っている間に、私は部屋を片付けた。次元風によって吹き飛ばされたり破壊されたりしたものを、物置にあった箱に詰めて、再び物置へと戻していく。すっかり作業が終わってしまうと、部屋はソファとテーブル、ロングチェスト、飾りのない明かりだけになった。大袈裟な飾りつけは全て壊されてしまった。
「この方がさっぱりして好みかも」
 最後に箒で床を掃き、雑巾で拭いてしまった。
 ソファに座り、綺麗になった部屋を見渡していると、どうしてこの部屋にいるのだろうと思えてきた。目を閉じると、子供の頃のことが思い出されてくる。

 私は湖の近くにある城の中で生まれた。あれはどこの城だったのだろう。いずれにしても、その城の規則として、産んだ母親からは遠ざけられ、年老いた乳母がいつもそばにいた。赤ん坊の頃のことは思い出せないが、気付いたら私は乳母と二人で過ごし、人間の友達は一人もいなかった。五歳になると、鳥の形を模した円盤がひとつ与えられて、湖まで遊びに行くことが許された。乳母が行先を円盤にセットした後、自分でボタンを押す。湖には一瞬で行くことができた。円盤の外に出ると、銀色に光る鳥が居て、私に話し掛けた。そう、話し掛けた。どのように? それは――。たぶん、テレパシー。銀色に光る鳥はたくさん居て、それ以外にも、様々な鳥が居た。あまり遠くまで飛ばない水鳥や、遠くまで飛ぶことができるけれど大きすぎるので、いつもは岩陰にそっと佇んでいる大鳥も居る。私はその全ての鳥達と意識の交信をした。鳥達は捕食関係にあるものも居たが、それは身体が終わる時の儀式のようなもので、悲しみに包まれはするものの、敵対するわけではなさそうだった。蝶もいる。蛙もいる。花も咲き、樹木も優しく葉を揺らす。夕刻になるとカラスが天頂で旋回して威嚇し、帰るようにと促した。私が円盤に乗って扉を閉めると、銀色の鳥が窓際に止まってひとつの美しい歌を囀る。それが終わると、再び自分でボタンを押し、乳母の居る城へと戻っていった。

 私の子供時代はそれだけだった。そしてある日、ここに来た。どうやって? どうやってここに来たのだったか。そうだ、なんらかの手違いだ。私以外の誰かが送り込まれる予定だったのに、間違って、私がここに辿り着いたのだ。
 ぼんやりとソファに座っていると、スマートフォンが点滅した。誰かから電話だ。
 ――誰、これ?
 中央司令部、となっている。
 ――迷惑電話だ。
 私は電源を切った。
 そうしていると、ローモンドが寝室から出てきた。
「おはよう、ローラン」
 目を擦っている。「部屋、綺麗に片付けたね」
「あ、そうだ。部屋、片付けた」
「どうしたの?」
 ローモンドが私の顔を覗き込む。
「子供時代のことを思い出していたの」
「ローランの?」
「そう。どこかのお城で生まれて、乳母に見守られ、円盤を与えられて、銀色の鳥のいる湖で遊んでいた」
 私が言うと、ローモンドは少し黙り込み、大きくため息を着いた後、
「素敵な子供時代ね」
 微笑んだ。「でもローラン、どうやってここに来たの」
「手違いで、ここに来た。円盤で来たのだけど、本当は他の人が来る予定だったの」
「ローラン、私は誰だと思う?」
 ローモンドが私の目を見つめる。
「ローモンドよ」
「名前じゃなくて、ローランにとって、どういう存在?」
「そうね、どうだったかしら――」
 一瞬困った。ローモンドはローモンドでしかない。
「こっちに来て」
 ローモンドが私の手を取り、中庭に出た。「この円盤は何?」
 中庭にある鳥の形を模した円盤を見ると、懐かしさに包まれた。
「これは、私が子供時代に乗っていた円盤よ。そうそう、きっと、これに乗ってここに来たのだ」
「鍵は?」
 鍵は円盤の鍵穴に差したままになっていた。
「鍵、抜くの忘れたみたい」
 ローモンドが言い、円盤の中に入って鍵を引き抜いた。
「うわっ」
 私は一瞬、身体中の細胞が震えたかのように感じ、その場にうずくまった。
「ローラン」
 ローモンドが駆け寄って私の肩を擦った。「大丈夫?」
 私はゆっくりと立ち上がり、目の前の円盤を見た。
「ローモンド」
 ローモンドも横に居る。「起きたの?」
「さっきからそばにいるじゃない」
 ローモンドはふくれっ面をしてこちらを睨んだ。
「そうだったかしら」
「ローラン、もう一度聞くけど、この円盤は何?」
 ローモンドが円盤を指す。
「えーっと、これは、そうだ、ローモンドが乗るために、私の心の中に創り出し、心の中にいたローモンドがこれに乗ってここに来た」
 ついさっき、私が乗って来たものだと思っていたが、それは幻想だったのか。
「ローラン。もう、私の子供時代がローランの中に溶け始めている。さっきローランが言った『城で生まれて湖と往来し、鳥達と遊んだ』のは、私の子供時代よ」
 ローモンドが言うと、そうだったなと思えた。
「その子供時代が誰のものだったとしても、過去がありさえすれば、地球で生きられるはず。お嬢様がそう仰っていたから」
 そう言った後、先ほどの電話のことを思い出した。
 中央司令部からの着信だった。あれは、迷惑電話じゃなかったのだ。
「ローモンド、中に入って何か食べなさい。そして、私、お嬢様に電話しなくっちゃ」
 私はローモンドの手を取り、部屋に戻った。

つづく。
 

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