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連載小説 星のクラフト 5章 #3

 ローモンドが食事をしている間、私は大画面のある会議用の部屋に移動して中央司令部に電話を掛けた。
「こちら司令部」
 ガードマンの声だ。「ローラン、どうしたんだ。さっきお嬢様がお怒りでしたよ」
「ごめんなさい。間違って電源を切ってしまって」
「困ったものだな」
 ガードマンは呆れた様子で「すぐにつなぐからそこに居るように」と言う。
 予想通り、電話が切り替わった途端、お嬢様のヒステリックな声が聞こえた。
「ローランったら、まったく、いきなり電源を切るなんてどういうこと!」
「ごめんなさい」
 再び、平謝りに謝る。
「まあいいわ。それより、まずは大画面にスイッチを入れてちょうだい」
 言われた通りに電源を入れ、立体画像用のゴーグルを装着した。画面に数秒間波形が現れた後、お嬢様が登場した。相変わらずの厚化粧。画面用のパウダーも忘れていないらしい。もちろん画像処理だろうけれど。
「ローラン、久しぶりね」
「ご無沙汰してすみません。モエリスは無事に戻りましたか」
「もちろん。これから別の地球探索員の地球への定着に向かうところよ。今度は失敗しないように。同じ年齢の子に記憶のコピーも終わったところ。万が一の時のためにすることだけど、ぬかりなく行わなければ。ローモンドにはまだ記憶を装着する前に行方不明になってしまったから、こちらから探すのも困難」
「それはどうして?」
 確かに、ここにローモンドが居ることがバレていないのはおかしい。
「装着した記憶が発信する感情波を辿ることで行先を把握しているのよ」
「なるほど、そうですか。ローモンドには全く記憶がないのでしょうか」
 湖で鳥達と遊んだ記憶はどうなったのだろうか。
「そうよ。彼女はモエリスの記憶をコピーするための存在だったから、お城の中だけで育てられた。学校に行く予定もなく」
「ずっとお城に?」
「そうよ。小さな乗り物は与えられていたけれど、近くの湖に行って、その水面を眺める程度。誰も話しかけたりしない」
 お嬢様は真っ赤な口紅を塗った唇をうっすらと歪めて微笑んだ。
「誰も?」
「そうよ。誰も」
 どうやら、お嬢様はローモンドが鳥達と心の中で様々な交信をして、彼女なりの記憶を作っていたことを知らないようだ。
「ところで、ローラン、あなたの記憶はどう? もうそろそろ薄れてきたのでは? 地球探索員養成所で育った子供時代のこと」
 お嬢様は画面から飛び出しそうなほど顔をこちらに近付けてきた。
「そうですね。少し曖昧になりかけています」
 正直に言った。
「それは大変。早く新しい記憶を送らなければ。モエリスはもう別の箇所へと配置されたけれど、他の子を送るから——」
「お嬢様、それはもう、けっこうです」
「どうして。それでは地球に定着できないばかりか、あなた、電池切れになってしまう。それは寂しい」
「でも、どっちみち過去の記憶が変わってしまえば、私は私でなくなるのではないでしょうか」
「それでも、生きていてほしい」
 切実な表情をしている。
「ならば、適当に過去を考えて、作文にでもして、それを記憶するようにします」
 そう言うと、お嬢様はそんなことはできないと言い張ったが、やってみますと押し切った。
「わかったわ。三日後にその作文をこちらにも提出して。こちらの会議でそれがOKなら、それでやってみましょう」
 苦し紛れながら、やっと笑顔を見せた。「それはそうと、とある星で、とある村から人がいなくなった件、前に話したわよね」
 うっすらとだが覚えていた。
「場所は特定できていないけれど、そのようなデータがあるのでしたね」
「そうよ。その時以来、私達が保存していた大型記憶装置が破壊され、時空間にも歪みが生じてきた。ローモンドが行方不明になったのも同時期」
「その場所は特定できたのでしょうか」
「どうやら、地球のどこか、らしい」
 お嬢様は含みを持たせた言い方をした。
「地球? この地球?」
「それはわからない。別次元の地球かもしれないし、過去時空の中の地球かもしれない。でも、データが示している波形が、地球に特徴的な形を示している。土と、水と、それらの中に宇宙を含んでいる、多層的な星は今のところ地球しかない」
「大型記憶装置が破壊されたら、どうなるのでしょう」
「地球探索員として地球に送り込まれた人々の記憶が失われ、電池が切れる」
「それはもう聞きました。だから、新しい記憶を装着しなければならない、ってことですね。それでしたら、さきほど私が申し上げた通り、それぞれが気に入った過去を文章にして暗唱し、それを記憶として装着するように通達されたらどうでしょうか。モエリス2、モエリス3を育てるのも大変でしょうから」
 私が言うと、お嬢様は目を大きく開き、パチンと指を鳴らした。
「そうだわ。そんな当たり前のこと、どうして今まで気付かなかったのかしら!」
 希望で頬が紅潮した。「さっそく通達する。いくつかのバリエーションをこちらで制作し、それぞれに送り届けてもいいわ」
「私は自分で作りますから、ご心配なく」
「わかったわ。お気に入りのものを作ってね。ただ、大型記憶装置の修復作業もあるし、地球探索員を地球に送り込むことはしばらくできなくなるから、できればあなたにお願いしたい任務があるの」
「なんでしょう。私はもう、地球探索員として養成された過去を失うのですよ」
「そうね。できれば、その過去を消し去らずに作文に書くことはできないかしら。そしてそれを記憶する。まさに、記憶をそのまま残すように」
「そんなことできるかしら」
 私にはローモンドの記憶が溶け始めている。そこに真実を書き加える?
「やってみて。もしもそれができたら、あなたは地球探索員として派遣されたことを覚えている唯一の人になる。そうなったら、頼みたいことがあるのよ」
「それはなに?」
 聞くと、お嬢様は少し迷った後、
「そのまるごと人のいなくなった村の位置を特定すること」
 毅然として言った。
「この地球か、別次元か、ひょっとしたら、過去の地球かもわからないのでしょう?」
「そうよ。でも、この件を調査しないと、宇宙の構造が何もかも変わってしまって、これからどうなっていくのかがわからなくなる。わからないことをそのまま放置するわけにはいかないでしょう」
 青ざめて言う。
 私にとって、宇宙の構造が何もかも変わってしまうことが、どれほど恐ろしいことなのか、困ったことなのかはわからなかった。それでも
「わかりました」
 と言った。もちろん、この時点で、本当に引き受けるかどうかはわからなかった。これまでの経験上、わかりましたと言わなければ、電話を切ることができないことはわかっていた。

つづく。


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