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連載小説 星のクラフト 2章 #6

 リオは自身のパソコンを立ち上げ、鍵の写真が保存されているファイルを探し始めた。
「あらゆる角度から撮影して保存してあります」
 忙しくキーボードを叩いている。「おかしいわ。ファイルもない」
「どういうことだ」
 司令長官が手に持っていたワイングラスをテーブルに置き、リオのパソコン前に立った。ランも従う。
「写真を整理しているフォルダーはあるけど、鍵の写真のファイルはない」
 どこかに紛れ込んでいないか、隅々まで探し始めた。
「印刷していないのか」
「それは自宅に置いたままになっています。今回の任務には持ち込まなかったから」
「ならば仕方がない」
 司令長官は再びテーブルに着き、ワインを飲み始めた。
「司令長官もご存知ないのですか」
「私は鍵担当じゃないのでね」
 そんな担当があったなんて知らなかった。
「どんな形なのか、だいたいでいいので絵に描いてくれる?」
 ランは鞄の中からノートを一冊取り出し、ペンと共にリオに渡した。ひょっとして、密かに持ち出した船体の鍵と同じなのではないか。
 リオはうなずき、絵を描き始めた。
 鍵は六つの角がある星型で、植物とフェニックスの飾りが施してあるらしい。
「フェニックスの中央にコバルトブルーの宝石が施されている」
 その部分をペンで丸く塗り潰した。
 絵を見て、ランはほっとした。
 ――僕の持っている鍵とは全く違っている。
「これをどうやれば、次元間飛行できるの」
 ランのものと異なっているどころか、鍵にさえ見えなかった。
「この六角形を乗り物の上に置いた後、蓋になっている青いところを開けて、中にある小さなボタンをペンシルの先で押すのよ」
「押した後は?」
「すぐに剥がしてポケットに仕舞う」
 次元間飛行するなどという危険な行為のわりに、なんとも簡単過ぎる方法に思えた。
「お気楽すぎる鍵だと思ったでしょう」
 リオはランを睨んだ。
「まあ、そうだけど」
「実際、そうなの。失くしても復元できるから、取り扱いが杜撰になりがちなのよ。だけど、私はそんなことはしない。しないはずだったのに――」
 唇をかみしめる。
「君が落としたとは思えない。だって、パソコン内のファイルにもないのだから、何者かが侵入してわざと盗んだか、あるいは、なにか次元間移動中のシステム上の誤作動で起きた不可抗力だよ」
 慰めたわけではなかった。実際、ファイルの写真が失われているのだとしたら、そうとしか思えない。
「よし、ああだこうだと思案しても仕方がない。さっさと食事を済ませて、私の部屋に行こう。オブジェのX線調査ができる。リオはそれをいち早くやってほしそうだからね」
 司令長官は皿に残っていたチキンにフォークを突き刺し、勢いよく食べ始めた。「食べながら、今回の出奔の経緯について説明しておこう。急ぐこともないが、食べながらとしよう。遠慮せず、食べながら聞いてくれ」
 ランとリオもテーブルに戻り、料理を食べ始めた。
「まず、大事な事を話すと、ここは地球だ」
「地球?」
 ランはパンを喉に詰めそうになった。「地球から出てきたのではないのでしょうか」
「それはそうだ。地球0から出て地球21に到達したのだ」
 司令長官はオードブルのカナッペをひとつ口に入れた。
「知らなかったの?」
 リオはランをちらりと見ながらスープ皿にスプーンを差し込んでいる。
「それは、知りませんでした。いつもは、地球と地球外の往来でしたから」
「今まで、地球外だと思っていたものも、実は別の地球だったんだよ」
 司令長官がにやりとする。
「はあ」
 つい、間の抜けた声を出してしまう。
「実は地球は0から21まである。タロットの大アルカナみたいなものだ。知ってるか、タロット」
「いえ、ナツが詳しいようですが、僕は全く」
 あんなものは遊びだと思ってきた。
「タロットみたいなものだと言っただけだよ。数が同じなだけ。詳しい図は後で私の部屋で見せることにするが、とにかく今回は、地球0から地球21 と次元移動した」
「たくさんある地球ごとに次元が異なるのですか」
「その通り。地球0は0次元だっただろう?」
「0次元? きちんと三次元、四次元、あったと思いますが」
「その辺りの定義に関しては論争するつもりはない。とにかく、これまで主に住んで居た地球は0次元だった。閉鎖的な点みたいなものだった。一般人は他の宇宙との往来はほぼ不可能だっただろう? 計算上可能、とか、ファンタジーとして可能、とか、そういう感じだったはず」
 ワインの酔いが回り始めたのか、司令長官は饒舌だった。
「仰る通りです、長官」
 ランは否定しなかった。一般の人にとって、地球外の星との往来は、計算上可能でも時間が掛かり過ぎるとして人間には不可能と思われていた。
「しかし、0から1に移動することができることは、君たちなら知っている。それように訓練されているからな」
 空になった長官のグラスにリオがワインを注いでいる。
「僕は地球外に出ていると思っていました。でも、それは別の地球であり、地球の外に出たわけではなかったのですね」
 ランが言うと、司令長官とリオが大きくうなずいた。

つづく。


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