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連載小説 星のクラフト 4章 #10

「インディ・チエムがこの鍵を嘴に挟んで持ち帰ってきた時、私はこれが誰のものだかわかりませんでした。わかったのは、ついさっきです。ハルミと私とで話をしていた時、ハルミがリオさんの話をしました。そして、リオさんが鍵を失くした話をしているのを聞いたと言うので――」
「ハルミさんに鍵について話したことはないのだけれど」
 リオは戸惑っていた。
「インディ・チエムが室外を飛行していた時に、リオさんが隊長やナツさんに鍵のことを話しているのを見たのでしょう。それと、ハルミとして存在している時の記憶が合致して、私に、あの鍵はリオさんのものだ、とインディ・チエムが教えてくれた」
「そんなことができるの!」
 リオは両手で口元を覆って驚き、ランとナツの顔を交互に見た。
「そのようだね」
 ランは不思議そうにしているリオに向かって静かに言う。「まるで三人寄れば文殊の知恵だ」
「まさしくだな」
 それを聞いたナツが闊達に笑う。
「だけど、どうして私の鍵は司令長官の部屋にあったのかしら」
「誰かがリオさんの落とした鍵を見つけて拾い、単に良心に基づいて長官に届けただけかもしれませんが、もっと他の思惑もあるかもしれない。インディ・チエムが鍵を嘴に挟んで持ち帰ってきたのは、こちらに到着した直後のことでしたから。インディ・チエムとの交信では、司令長官は右手に鍵を握りしめて室内に入ってきて、携帯電話に連絡が入ったのでチェストの上にそれを置いたそうです。窓の外からその様子を見ていたインディ・チエムは、それがリオさんのものだと気付いたらしく、瞬間移動の技を使ってそれを持ち出した」
「瞬間移動?」
「壁やガラスも抜けられる。でも、見つかって捕えられたり、行った先でエネルギーが消耗してしまい、戻りの為に必要な媒体を抜ける力が無くなったりすることも考えられます。大変、危険です。だから、滅多な事ではやらないはずです」
 クラビスは愛しそうにインディ・チエムの背中を撫でた。
「そんな危険を冒してまでも、鍵を持ち出してくれただなんて」
 リオはもはや泣き出しそうに見えた。
「さっきハルミに聞くまでは誰の持ち物なのかはわかりませんでしたが、それまでも、インディ・チエムがそこまでして持ち出して来たならば、きっと重要なものだろうと思っていました」
「だけど、司令長官は鍵が無くなったことに気付いてないわけ?」
 ナツは腕組みをしたまま、顎を斜め上に突き出した。「そんなわけないだろうな」
「気付いていると思います。思うに、この、待ち時間って不思議じゃないですか。次の作業に入るまで、ホテルでゆっくりと休んでくれと仰いましたが、妙に長すぎると感じませんか」
 クラビスは一人一人の顔をゆっくりと見た。
「どういう意味?」
 ナツがランとリオの顔を見る。
「ひょっとして、鍵を探している、とか?」
 リオの顔から完全に笑顔は消えた。
「まだ、そうと決まっているわけではありませんが」
「リオは新しい鍵を作ってもらう算段になっていたのでは?」
 ナツが横目でリオを見る。
「そのはずだけど、そんなに簡単に鍵が作れるとは思えないし、作ってくれると言っても作ってくれないのではないかって疑っていたところよ」
「簡単に作れないとは?」
「あの鍵は、身体検査をし、DNAや血液などを調べて、それでやっと作るものなの。作った後は、それらのデータを消去するのが決まりだったから、かつて調べたものはもうないはず。だとしたら、改めて作るとなると、身体検査から始めるはず。でもその話はいくら待っていても来ないし、作る気はないのだと思う」
「そう言えば、この鍵で、ダウンサイズ化したパーツが入った箱を開けることができるのではなかったか」
 ランは最初に全員が広間に集められて伝えられたことを思い出していた。
「その通りよ。その鍵さえあれば、ここに持ち込んだパーツを取り出すことができる」
「その箱はどこへ?」
「司令部の集合室じゃないかしら」
「でもどうする? リオの鍵、ここにあるとわかっても、どうやってそれが戻って来たのかを司令長官に説明するのは難しいな。もしも窓が開いている状態でインディ・チエムが室内に入って持ち出したのなら真実を告げることもできるが、瞬間移動して持ち出したと言っても、長官は信じないだろう」
 ナツは「難問だな」と言って、ゆっくりと足を組み替えた。
「到着した夜、僕とリオと司令長官の三人で祝杯を挙げたけど、その時、長官は鍵について何も言わなかったね」
 ランが言うと、
「二人と司令長官で祝杯を挙げたとは初耳だな」
 ナツが睨む。
「黙っていてすまない」
 ランは素直に謝る。「それはそうと、ひょっとして、司令部は我々が製作したパーツを、司令部だけでどこかに持ち運んでしまうつもりだったのではないか」
「私もそう思います」
 クラビスはランの目を真直ぐに見た。「そもそもパーツ製作員の中にスパイが居て、リオさんの鍵を狙っていた。21次元に移動する時に、どこかのタイミングで盗まれ、司令長官の手に渡ったのではないでしょうか」
 ランは自身が船体室から持ち出した船体の鍵のことを考えていた。今はホテルの金庫に仕舞ってあるが、この前、恐らくはその鍵の影響で司令長官の部屋にある建物のオブジェに飛び込んだのだった。今ここで、そのことを言うかどうか迷ったが、ひとまず口をつぐんだ。まだ、打ち明けるのは早い気がする。
「もしも、リオさんの鍵を私が保管し続けていたら、あのパーツの入った箱は永遠に開かない。改めて製作すると司令長官は仰っていたが、そんなことができるかどうかもわかりません。あれは0次元地球の精密な素材を使ってこそ作れたものばかりだから」
 クラビスはまた鍵を取り出して見せた。「リオさんに返して差し上げたいけれど、それはそれで、リオさんに危険が及ぶ気もします」
 肩に乗せていたインディ・チエムが樹木の枝に飛び移り、高らかに鳴く。
「今日は終わりにしましょう。また後日。この樹下で」
 クラビスは立ち上がった。

つづく。

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