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解読 ボウヤ書店の使命 ㉕-14

 長編小説『路地裏の花屋』の読み直し。
 続きから。

実際、先ほどお見せした通り、その後五年間くらいはあやのから私宛に手紙はもらったのですが、どこにもあやのという文字は書いていなかった。ある時、木蓮が、一番初めに渡した手紙を置いているか? と私に聞きました。持っていたら返してくれないかというのです。なんとなく察しが付きました。ここであやのと呼ばれていたことの痕跡を消そうということでしょう。私は失くしたと嘘をつきました。あれだけはもう、木蓮に渡すものかと思って。
 でも、結局はあやのと書いてある手紙だけはなくなりました。もう時効だろうと思うのに。
 壁の、あの部分、ご覧になってください。少し色が褪せていて、小さな釘の跡がありますでしょう? 実を言うと、あの位置には薔薇の絵が貼ってありました。手紙は、その絵の中に隠されてしまったのだと考えています。そして、その絵は先日の手紙で指定したセラピストの所に行ってしまったはずです。私がそう考える理由に関してはまた後日お伝えしましょう。
 とにかく、私はどうしても手紙を取り戻したいのです。あやのという女の子が居たことが秘密だったのはもう時効だとしても、何か悔しいじゃないですか。私はどうしてもあれを取り戻したい。何年も大切にしてきたのに盗まれるなんて死ぬに死ねない。だけどあのセラピストと恋仲にならなくては絵画から手紙を抜くなどということは無理でしょう? 私には無理。でも中西さん、あなたなら可能。あなたにならできる。お願いします。私の代わりにサロンに行って取り返してください。引き受けてくださるのなら、どうか、私の庭で育てた薔薇の花をセラピストに贈ってください。お渡ししますよ。必要ならいつでもお申し付けください。あの花屋でお渡しします。そしてセラピストの所へ行かれる時には、どうぞ名前は木花蓮二朗を名乗ってください。こんなことで、あなたのお名前を汚すことはありません。どうか、私の名前をお使いください。

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