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連載小説 星のクラフト 7章 #5

 その本の大きさは、ベッドサイドに置いてあるデスクの物差しで測ったところ、縦22㎝、横16㎝、厚さ4㎝だった。重さを測る器具があれば、かなりの重さのあることがわかったに違いない。
「ずいぶん、どっしりしているわね」
 私たちは並んでベッドに腰かけた。
「頁数がたくさんあるけれど、理由はそれだけでもなさそう。古くて、紙が湿度を含んでしまったのかな」
 ローモンドは本を両手で持ち、頭の上に掲げる。
「どれくらい古いのかしら」
 私は発行年を調べたくて、巻末あたりの頁を繰った。しかし何もわからない。文字だけではなく、数字すら見分けることができない。頁番号も打っていないので、そこから予測することもできなかった。
「発行年は書かれてなさそう」
 ローモンドも同じように確かめたが、記載してある箇所は見つからないようだった。
「どれくらい、読めそう?」
 びっしりと不思議な文字が書いてある。ローモンドは乳母のおばあちゃまからこの文字を学んだと言うが、これほどの長文が読めるとは思えなかった。地球なら小学校に上がったばかりの年齢だし、つい最近まで湖で鳥と遊んでいたはずなのだから。
「時間が掛かっても、全部読めると思う」
 私の予想に反して、ローモンドは自信たっぷりだった。
「そんなに熱心にこの文字について教えてもらったの?」
「私はほとんど湖で遊んでいたけれど、後は地球の文字とこの文字だけを教わったのだから、すっかり身に付いているはず。それに――」
 ローモンドは大きく息を吸い込んだ。
「それに?」
「この本、見覚えがある」
 私の目をまっすぐに見た。
「青い実の成る星にあったってこと?」
「そう」
「もしかして、この文字、あの星の文字なのかしら」
「それは違う」
「じゃあ、どこでこの本を見たのか、教えてくれる?」
「おばあちゃまが持っていたはず。私を育ててくれる部屋には、おばあちゃま専用の衝立だけで区切られた小さな個室もあって、私が眠っている時はそこで本を読んでいるようだった。そこを覗いてみると、デスクの横に本棚があり、この本があった」
 ローモンドは本の頁をそっと開いた。
「あの星ではそこら中でこの本が売られているのかしら」
「それはわからない。今思い出したのは、夜中に目を覚ました時、おばあちゃまの個室に明かりが点いていることがあったの。それで、そっと衝立ごしに近付いておばあちゃまを見たら、この本を読んでいた。この本だけは分厚いし、文字が特殊だからすぐにわかったのよ。そして、おばあちゃまは読みながらノートに何かを書いていた」
「翻訳していたのかしら」
「そうだと思う。というか、絶対にそう」
 ローモンドは本をパタンと綴じた。
「どうしてそう言い切れる?」
「後で、翻訳したものを読み聞かせてくれたから。なんだかノートを見ながら物語を読み聞かせてくれた時があったから、おばあちゃまが作ったのって聞いたら、他の星の物語を訳したのだと言っていたのだし」
 ローモンドは懐かしそうに中空をぼんやりと見た。
「じゃあ、ローモンドはこの本の中身を全部、もうわかってる?」
「それは、無理。おばあちゃまの翻訳もまだ全て終わっていなかったから。終わっていないけれど、できた分ずつ読んでくれた。私に次の運命が押し寄せる前に、できるだけ話して聞かせてくれたのだと思う。そして、この文字の読み方も教えてくれたのよ」
「つまりおばあちゃまは、この本について、なるべくたくさん、ローモンドに伝えたかったのね」
 私の言葉に、ローモンドは「そうだと思う」と大きく頷いた。

つづく。

#星のクラフト
#SF小説

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