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連載小説 星のクラフト 2章 #1

 先程まで中に居たはずの建物が、目の前で一枚の絵画と木製のオブジェへと化したのをすぐには受け入れられなかった。
「ラン、これは一体どういうことだ」
 ナツが駆け寄ってきた。
「僕にもわからない」
 呆然として、身体を動かすこともままならない。
 出てきたばかりのパーツ製作員たちも、一瞬どよめきはしたものの、今では沈黙の中に居た。ひとりの製作員が連れ出した小鳥だけが激しく鳴いていた。
「鳥、大丈夫か」
 ランは鳥籠を抱きしめている製作員のところに駆け寄った。鳥の心配をしているどころではないのかもしれないが、籠の中にいる白い小鳥はあまりに甲高い声で鳴き続ける。
「大丈夫です。興奮しているだけです。元気な時の声ですから、むしろ機嫌がいい方に入るかもしれません」
「機嫌がいい?」
「さっきまでは狭い建物の中に居たものですから。家では一部屋、この子に明け渡しています。それよりも、僕たちは自宅に帰れますか」
「はっきりしたことはわからない。今はまだ、ここがどこかもまだわからない。今までに着陸した接続ポイントのステーションとは趣が異なる。こんなに殺風景ではなかった。しかし、ホテルはある。家族たちもホテルの方に居るらしいから、それはご安心を」
 ついさっきまで居た司令長官から聞いたことを、そっくりそのまま告げた。
「ラン、ちょっと、来て」
 ナツが後ろから呼び掛ける。鳥籠の持ち主のそばを離れ、ナツのところに駆けつけた。
「どうかしたか」
「困ったね。知り合いが全てホテルにいるそうだよ」
「司令長官から聞いた。だっから、わざわざご家族を建物に連れて来なくてもよかったのにな。すまなかった」
 ランは自身の出しゃばり過ぎた行為を反省していた。
「それはいいんだ。それよりも、僕の、アレも、ホテルに居るのかな」
 ナツは小指を立てる。
 なるほど。卑猥な仕草だ。ナツは愛人と妻の鉢合わせを恐れているらしい。
「そこまでは知らない」
 その件に関してはランの責任ではないだろう。「これを機に真面目になればどうか」
「真面目だよ。全部、真面目なんだから」
 髭を指でこねくり回している。よほど戸惑っているのだろう。
「君の得意な占星術かタロットでもやって、どうにかうまく逃げればいいじゃないか。あるいは博愛? なんとでも言えるだろう」
 妻を娶ったことのないランには、いいアイデアなどどこにもなかった。
「それから、あそこで地面にへたり込んでいる女の子がいるだろう? あの子も建物からこちらに来たんだ」
 ナツはホテル前に植えられた樹木を指していた。
「彼女のことは知っているよ。もともと司令部から派遣されていた子だ。パーツの装飾を担当していた」
「あの子が、建物の中に鍵を置いてきてしまったと言って、困り果てている」
「鍵?」
「大事な鍵らしいんだ。しかし、どうせ、もう建物は絵画とオブジェになってしまって戻れないし、その鍵を使う場所もないとは思うのだがね」
 ナツは弱り果てた顔にわずかな微笑みを浮かべた。
「オブジェの中とか、絵画の中に、その鍵はないのか?」
「どうかな」
 ランとナツは絵画とオブジェの前に立ち、隅々までを確かめた。

つづく。
 

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