見出し画像

連載小説 星のクラフト 5章 #6

「それだけ?」
 ローモンドは目を丸くした。
「だいたい、それだけ」
「つまらないわね」
 眉尻を下げる。
「勉強自体が嫌いじゃなかったのよ。もちろん、平均台を渡ったり鉄棒をしたり、仲間で協力してボールを籠に入れる競技を練習したこともある」
「ローランは優秀だったのね。だから、こうして、地球に送り込まれた」
「いくつかの試験をパスし、やっとここに来たの」
 大変だった道のりを思い出していた。
「他の人は?」
「よくわからない。地球に来てからは、先に地球に送り込まれていた人や、後から送り込まれてきた人との付き合いしか許されなかった」
「ここで何をしていたの?」
 ローモンドは不思議そうだった。
「主に身体測定。健康診断かな」
「それだけ?」
「ここに来てみたら、それほどすることはなかったのよ。風景を撮影して本部に送信したり、人間との接触があればそれについて報告をする」
「じゃあ、なんのためにここに?」
「なんのためかしらね」
 もちろん名目はあった。記号情報学で学んだ通り、この地球に起きる現象は高次元で生まれた情報の物質化だとされていて、こちらの状況を報告することで、本部は相関を調べるのだという。
 ――でもそれだけ?
「いずれは、地球人として生きるように、それなりの過去の記憶を装着される」
「だけど、今回はそれがうまくいかなかった、のだったね」
 ローモンドの言葉に私はうなずく。
「ローラン、でも、その過去の記憶、薄れ始めているのでしょう?」
「そうよ。だけど、失うほどの過去などなかったのよ。勉強してきたことは地球そのもののことばかりだから、一度記憶が消えたとしても、また勉強すればいいだけ」
「確か、お嬢様から、新しい任務を与えられたのだったわね」
 ローモンドは肝心なことを忘れてはいなかった。
「そう。この星のどこかで、村ひとつ分の人がいなくなったことがわかっていて、それがどこなのか調査をする仕事」
「あまりにも大変そう」
 ローモンドは目を白黒させている。
「だけど、そのことと、中央司令部に保管されている記憶装置の損傷には関係がありそうなのよ。この宇宙で何が起きているのか、誰かが調べなくてはならない。普通は地球探索員としてのアイデンティティを忘れて、地球人として生きるのだけど、私は今回、地球探索員としてのアイデンティティを抱えたまま地球で暮らすことになりそうよ」
「そんなことできるのかしら」
「わからないわ。でも、ローモンドの過去を記憶として共有し、何もかもなかったことにして地球人として配置されるよりはずっといい気がする。昔はそんな風に思わなかったのだけど、どうしてかな、ローモンドと出会って、円盤が行ったり来たりして、一緒にアルバムを作ったりしたせいか、時間がずっと過去から継続している状況の方がましな気がする」
 私が言うと、ローモンドは深くうなずいた。
「でもどうやって暮らす?」
「さあ、とにかく、過去の記憶をこうして書き取ったから、それについてお嬢様に話をし、今後の方針について相談してみようと思う」
「私のことはいつまで黙っている?」
 ローモンドは心配そうだった。
「できればずっと、黙っていたい。ローモンドも髪を染めて、新しい服を買って姿かたちを変えてしまえば、中央司令部の人が見ても、地球で友達になったと言えばバレないと思う」
 そう言うと、
「なるほど!」
 明るい表情になって、できるだけ早くそうしたいと言った。

つづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?