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連載小説 星のクラフト 5章 #7

 ローモンドの髪は私が切ることにした。
 私には専用の美容師が居て、カットやカラーリングを頼んでいるが、もしもその人にローモンドのことを頼んだりしたら、この子は一体誰なのかと聞かれるに違いない。
 ローモンドが青い実の成る星から来たことは誰にもバレないようにしなければならない。だから、この子の髪は私が切る。
 だけど、本当に、ずっと彼女の存在を知られないでいることなんてできるだろうか。もしもバレてしまって、あのお嬢様に報告されたら、容赦なく連れ戻され、場合によってはローモンドの記憶が消去されてしまうかもしれない。そう考えると、背筋が寒くなった。
「さあ、どんな風に切る?」
「短くして」
「いいの? こんなにきれいな金髪を長くしているのに」
「邪魔なだけよ。できればローランと同じ色に染めたいし」
「黒く?」
「そう、黒く。金髪も好きだけど、私こそ、私の過去をなかったことにしなければならないのだから」
 ローモンドに言われて初めて、そのことに気付いた。本当だったら、私が過去の記憶を消去して、ローモンドの過去か、あるいは新しく届けられた記憶を装着しなければならなかったのだ。
「ローラン、気にしないで。私は記憶を失うわけじゃないのだから。違う過去があるかのようにふるまうことと、本当に記憶を失うことは同じじゃないのだから」
 ローモンドは相変わらず、こちらが言葉にしていないことでも察知して、話す前に応えてくれる。
「そうね。鳥達と遊んだ過去なんて、すてきな記憶、絶対失くしたりしない」
 私はローモンドを鏡の前に座らせ、ブラシで髪をよく梳かした後、肩につかない程度の長さに切り揃えた。長くしていた時にはそれほど目立っていなかったウェイブが強く表れ、ローモンドの髪はすっかり重力を失くして扇のように開いた。
「まあ、こんな元気な髪だったのね!」
 ライオンの鬣のように広がった髪を撫でつけながら言った。
「後ろで二つに分けてくくればいい。すごく小さな頃、そんな風にしていた気がする」
 ローモンドはいたずらっ子のように笑った。
「わかった。その前に、黒く染めてしまいましょう。金髪のままもかわいいけれど、ひとまず、なにか違う過去をイメージするためにね」
 私は小さくウインクして見せた。ローモンドはうなずく。
 私の専用ヘアカラーで染め、お風呂場で洗い、ドライヤーで綺麗に乾かし、ローモンドの提案通りに後ろで二つに分けてくくると、別人に見えた。
 その後、町に降り、ローモンドくらいの子供がよく着ているシャツやスカート、靴を数セット購入した。再び家に戻って、その服に着替えてしまうと、ずっと昔から地球に居る子供のように見えた。
「ローラン、私にはお母さんが居て、そのお母さんは年がら年中働いているから私をローランに預けていることにしたらどうかしら」
 ローモンドは鏡に自分の姿を映しながら言う。
「なるほど、リアリティがある」
「そして、私はあまり話せない、ってことにする」
「どうして?」
「他の誰かが居る時だけよ。その方が、よけいなことを言って怪しまれたりしないから。そして、誰かが居る時には、テレパシーで話をすればいいのだし」
 ローモンドの提案を聞いて、私はすっかり感心してしまった。そのように設定しておけば、中央司令部から派遣された人が私達を見ても、それほど怪しんだりしないだろう。
「それにしても、こんな風に私達がいろいろとやっていることを、監視カメラかなにかで見ていたりしないの?」
「私もそれは不思議。これまでは、何かとお嬢様が監視している状況だったのに、ローモンドが来た時くらいから、その通信も滞っているようなのよ。それもあって、お嬢様は焦っているのかもしれないけれど」
「やはり、お嬢様が言っている、記憶装置の破損が原因かしら」
「断定はできないけれど、そうかもしれないわね」
 何もかも、これまで通りではなくなっていく。でも、どこかそれが、新しい時間のためのよい変化にも思える。
 私たちは顔を見合わせて微笑み合ったのだった。

つづく。


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