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連載小説 星のクラフト 5章 #1

 ローモンドの円盤が部屋の真ん中に鎮座している。他のものは破壊されたり、吹き飛ばされたりして、床の上に散らかっていた。
「どうする、これ」
 ローモンドは脱力して言った。私は久し振りにローモンドの声を聞いた。ここしばらく、私の《心の部屋》に入り込んでしまっていたローモンドとは、心の声で連絡を取り続けていたので、声を聞いて嬉しかった。
「片付けるしかないね」
 私は呆然としつつも、それほど無力感はなかった。そもそも派遣されてここにいるだけだ。壊れたものは捨て、それ以外は元の位置に戻せばいいだけだ。
「部屋のことじゃないの。円盤」
 ローモンドは、円盤を指した。
 確かにそれはそうだ。部屋の中のものはぐじゃぐじゃだが、天井が開いているわけでもないし、壁が割れているわけでもない。
「この円盤、どこから来たの」
「ローランのお腹からじゃない?」
 私は慌ててお腹を擦ってみたが、どこもかしこも破れたり壊れたりしていない。
「意識として?」
 そう言うと、ローモンドは頷いた。
「私、ローランの心の部屋に居たのだから」
「私の心の部屋って、そんなに大きいの」
 銀色に光る円盤を眺めて驚愕する。アダムスキー型の円盤と言ってよい、ごく普通の形だが、縁に羽根の文様が彫り込んであり、小さな突起が左右に二つ付いている。だからローモンドは最初、鳥の形に乗って来たと言ったのだろう。
「そうよ。というか、いくらでも拡大できそうだった。ローランの思うがままに広さは調整できそうだった」
「心ってそうなの?」
「さあ、私も初めて行ったものだから、よくわからないけど。そして、心の部屋の外もありそうだったわ。窓と扉が付いていたから」
 私の心の世界。そんなものについて一度も考えてみたことはなかった。何かを思ったり、考えたり、感じたりすることはあっても、どこかに具体的にその世界が広がっているだなんて。
「じゃあ、こうしてみない。ローモンドがもう一度その円盤に乗って、私の心の部屋に行く。そして、私が中庭に出て合図をしたら、ローモンドはそこをめがけて改めて円盤で出てくる。そうすれば、この円盤はとりあえず、この室内からあの中庭へと移動することができる」
「なるほど!」
 ローモンドは明るい声を上げた。
「あの中庭の駐車場、けっこうな広さもあるのに、車が通る幅の道がなくてずっと不思議だった。ねえ、来てちょうだい」
 私はローモンドを連れて中庭に出た。「どうしてこのスペースがここにあるのか、長い間わからなかった。でも、さっき私が言った方法で、もしもこの円盤をここに置くことができたら、通路の狭い駐車場の意味がやっと解明される」
「だとしたら、この今の出来事は初めから予定されていたことなのかしら」
 ローモンドは嬉しそうだった。
「それはわからないけれど、パズルだと考えたら、ぴったりね」
 柔らかい風に吹かれた。
「すぐにやってみよう」
 ローモンドに恐れの感情はないようだった。もしも帰れなくなったらどうしようとは思わないのだろうか。
「怖くない」
 相変わらず、ローモンドは私の心の声にも応えた。
「わかった、じゃあ、今すぐに」
 二人で室内に戻り、ローモンドは円盤に乗り込み、ガラス越しに微笑みながら鍵を差し込みエンジンを掛けた。
 しばらくすると、銀色の円盤は青白い光に包まれ、細かな振動がボディを包んだ後、何もなかったかのように消えてしまった。
「ローモンド」
 私は口に出して言う。
 返事はない。
「ローモンド」
 私はお腹を擦りながら、もう一度言う。
 やはり返事はない。
 何度も何度も叫んだけれど、返事がない。
 ――もしかして、途方もなく遠いところに行ってしまったのではないかしら。
 不安になりながら、それでも当初の計画を思い出し、中庭に出た。
 何もない駐車場の真ん中に立つ。
《ローモンド、戻って来て!》
 心の中で叫んだ。
 すると、
《今から、そっちに行く!》
 ローモンドの声が心の中に響き渡り、数秒後、またとてつもない次元風が吹き、中庭を囲っている樹木を激しく揺さぶって、ほとんどの葉を散らしてしまった後、真ん中に眩しい光が差し、やがて円盤が現れた。
「成功した!」
 思わず叫んだ。
 やがて、少しぐったりとしたローモンドが円盤の中から出てきた。
「ローモンド、大丈夫」
 駆け寄り、肩を抱き寄せた。
「うん」
 ローモンドはうなずく。
 随分疲れているようだ。
「大丈夫?」
 顔を覗き込むと
「少し疲れただけ。だって、今日一日で次元移動を二度もしたのだから」
 顔を緩ませて笑顔を見せてくれた。
 ローモンドを背負って二階の寝室に連れて行き、ベッドに寝かせ、とりあえず眠るように言った。途中で水とフルーツジュースを飲む以外、ローモンドはずっと眠り続けた。

つづく。
 
 

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