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連載小説 星のクラフト 4章 #1

 

 21次元地球は、誰もが思った以上に理想的な地球だった。自然らしさを保った森や湖、小川、鳥や虫といった生き物たち。
 到着してから一週間、ランとナツは毎日のようにホテルの外を散歩した。
「これが21次元と言えるのか。むしろ、古代に存在した理想的な地球じゃないか」
 ナツは手を伸ばして樹木の枝に触れている。
「野性的だが、人間に襲い掛かってきたりしない。ちょうどよく調整された自然ってとこですか」
 ランは鼻白む思いがしないでもなかった。
「どうやってこんなものを管理しているんだろうね。0次元の国立公園にも似ているが、なんだか生き物たちが話しかけて来そうじゃないか」
 ナツは飛んでいる極彩色の蝶を捕まえようとしている。
「ここでは蝶とも分かり合えそうかな」
「なんだか、そんな気がするよ」
 捕まえなくても、ナツの手の甲に軽やかに止まって逃げもしない。
「司令長官から聞いた話では、全ての生物は意識網で完全に接続されているらしい。食用の動物性たんぱく質は全て合成によって作られているから、もはや野生動物にとって人間は敵ではない。おもしろがって殺傷したり、捕まえて籠に入れたりさえしなければ、全ての生物が友達であるらしいよ。その多様性が破壊されないように、意識網を使って観測して個体数を把握し、増加し過ぎないように調整されているのだとか」
 足場も悪くはなかった。森の中には人工的過ぎない小道が自然に作られている。植物も多様性を極めつつ、ひとつの種類だけがはびこることのないように管理されていた。
「実験的でもあるけれど」
 ナツは飛び立っていく蝶を仰いだ。
「もちろん実験だ。下位次元の地球を住みやすくするためのね」
 木漏れ日のチラチラと差す中を通り抜ける。
「だけど、籠の中に生き物を閉じ込めたりしなければ、って、さっき言ったけど、ラン、あの籠の鳥を持ち込んだ奴はどうなった?」
「どうなったって?」
「21次元に上がり終えた時、籠の鳥がやたら騒いでいなかったか」
「そう言えば、そうだったな。いつもより元気だと言っていたけど。あの後、籠の鳥は見かけないね。もちろん、部屋で飼っているのだろうけど」
 ランは鳥を持ち込んだ人のことをすっかり忘れていた。「彼の名は確か、クラビス」
「クラビスとやらは、家族と一緒か?」
「さあ、どうだか。みんな疲れているだろうから招集を掛けていないし、もう司令長官の指示なしに動くのも難しいからね」
 今は自由時間だとされているが、長官の言う「新しい星」の創造時間には、既に入っていると考えられる。そうなれば、次元間移動が主要な任務であるランは一隊員でしかなくなるはずだ。
「仲間と顔を合わせて話をするくらいは許されるだろう。現に、俺たちは会って話をしているのだし」
 ナツは横切る鳥に口笛で挨拶をする。
「まあ、そうだな。ホテルに戻って、籠の鳥はどうかと聞いてみるか」
 ランが青空を見上げると、理想的な白い雲がゆっくりと動いていた。

つづく。


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