『ドライブ・マイ・カー』を観た
あらすじ
はじめに
先日ウィル・スミスが華麗なビンタをした事で世間の話題をかっさらったアカデミー賞。そんな中でこの『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞国際長編映画賞を受賞した。日本映画でこの賞を受賞したのは2009年の『おくりびと』以来だそう。(今回の受賞に対して「日本映画の敗北」というコメントもあったが、ここでは置いておく)
さてふと近くの映画館の上映スケジュールを見ていたら、ちょうどこの作品が上映されていた。という訳で折角なので今回この『ドライブ・マイ・カー』を観るに至った訳である。(実際このタイミングで上映してくれるのは助かる)
ちなみにこの作品は村上春樹の小説である『ドライブ・マイ・カー』『シェエラザード』『木野』の設定をミックスしたものだそう。(原作未読)
なげーよ
そんな今作だが、本編はなんと179分。長い。
何故自分はこの映画が上映されていた2021年8月当時に鑑賞していなかったのかと疑問に思ったが、恐らくこの長さのせいだろう。流石に3時間近くの作品を観るのは勇気がいる。
ただやはり作品が面白いだけあってか、体感的にはそれほど長いとは感じなかった。個人的には120分くらいと感じただろうか。
ただそれでもやはり長いものは長いので、普段映画館に足を運ばないような人が「なんかアカデミー賞作品やっとるやん! 見るべ!」くらいのノリで鑑賞するにはしんどい作品だとは思う。
ざっくりと感想
今回の物語だが、本当にざっくりと言ってしまうと「過去を受け入れる物語」である。これは家福悠介、渡利みさきのどちらにも当てはまる。
ただこの作品が重点を置いて描いているのは「過去を受け入れる」場面というよりかは、「その過去に苦しむ」様である。結果ではなく過程が非常にじっくりと描かれている。
流石に尺が長いだけあって、描写が全体的にとても丁寧だったのが印象的。設定も説明の仕方も上手で、人物関係や出来事に関してもスッと頭に入ってきた。
場面転換も非常に上手いなと感じた。
例えば序盤のタバコに火を点けようとするシーン。タバコに視線を集めておいて、そのままタバコを吸っている別のシーンに場面転換する。画面上でのタバコの位置自体はそのままであり、注意もそこに向いていることもあって、一瞬画面の切り替えに気付かなかった。
もう一つ。夜の静かなドライブシーンから、突如鳴り響く銃声。その後舞台での演劇の場面に移動する。先程のタバコを「静の場面転換」とするなら、こちらは「動の場面転換」と言えるだろうか。
こういう場面転換の巧みさが、長尺にも関わらず飽きさせない一つの秘訣なのかなと感じた。
印象的だった場面
この作品で特に印象的だったシーンが2つある。
1つは高槻耕史が家福に対して車の中で彼の知る事実を吐露する場面。
恐らくこの場面は印象に残っている人も多いことかと思う。
なんと言っても高槻を演じる岡田将生の顔が、妖艶であり、儚くもあり、泣きそうでありながら狂気も感じた。それに加え彼の語り口や話の内容も相まって非常に引き込まれたシーンである。個人的にはここがクライマックスだったと言ってもいい。そのくらい印象的だった。
もう1つは、(確か)序盤に妻の不倫現場を見てしまった家福が自身の車の中で考え込むシーン。この際、車外からの照明の差し込み具合が絶妙だったのか「右目には光があるにも関わらず、左目は真っ黒に」映っていた。
その左目の黒さは筆舌に尽くしがたいものがあった。例えるなら捨てられた人形ロボットが不気味にこちらを見つめてくる瞳と言うべきだろうか、そんな無機質な黒さと暗さがあった。劇中の言葉を借りるなら「他人が覗き込むことができない黒い渦」と言ったところか。
言うまでもなく家福の左目は緑内障である。その事と、直前の妻の不倫のシーンが合わさって非常にゾクッとした。この演出が狙ったものなのかは分からないがとても印象に残った。
引き込み方が上手い
先程高槻が長回しで語る場面で引き込まれたという話で思い出したのだが、自分はまず冒頭のシーンで一気にこの作品に引き込まれた。
そのシーンというのが、家福の妻である音がベッドの上で裸のまま「女子高生が片思いの男の子の家に空き巣に入る」という物語を語るというもの。
文字にしてしまうとその凄さが全く伝わらないことと思うが、実際とても引き込まれるシーンであった。どこか不思議な話の内容、早く続きをとせがみたくなるその語り口、薄暗い室内の雰囲気。これらが重なり合い、ある種の芸術性を生み出していた。
自分自身を真っ直ぐ深く見つめる
さてここまで色々と語っておきながら、結局自分はこの作品をどういう気持ちで鑑賞するべきなのかが最後まで分からなかった。
なんか凄いし色々と引き込まれるんだけど、心の底では乗り切れなかった感じ。ここはもう自分とこの作品との相性問題だと思う。
ただホントに、作品自体のクオリティは高いのは間違いない。映像の綺麗さ、俳優陣の演技のハマりっぷり、脚本の面白さ、演出の巧みさ。どれも素晴らしかった。ただ自分の好みに合わなかったというだけの話。(もう一度視聴したら大きく感想も変わる気はする。正直舞台周りの話など、理解が追いつかない部分もあったので)
過去を受け入れる
人は誰しも過去に忘れたい、触れたくない、目を背けている思い出があると思う。そういった脛の傷を上手く自分の中で消化できている人というのはそこまで多くはないだろう。
そんな過去の苦い思い出と勇気を出して向き合って、受け入れて、乗り越えることはとても大変なことだと思う。でもその先にもしかしたら明るい未来が待っているのかもしれない。この作品を通してそんな事を思った。(作風がリアルだからこそ余計にそう感じさせられる)
おわりに
なんというか映画を観たというより、小説を読んだ後のようなそんな気持ちにさせる作品だった。
ぶっちゃけ言おう。真っ先に抱いた感想が「確かにアカデミー賞受賞しそうな作品だな」というものだった。まだ脳みそがおこちゃまな自分には早い作品だったのかもしれない。
ただ何度も言っているように、クオリティが高いのは間違いないと思う。ホントに。
この作品を観て思い出したのが『空白』という映画である。「辛い過去を受け入れ、乗り越える」という意味ではある種似たような作品である。
個人的には『空白』の方が好みだと感じた。
ではでは。
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