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背高泡立草と知らないおじさん

子供の頃は目に見える範囲が世界の全てだった。

物心ついた時から喘息に悩まされて、すぐ息切れする私にとって、歩いてすぐの、家の裏にある空き地が世界の全てだった。

小学校から戻るとすぐに空き地に行き、そこで夕飯の時間がくるまで過ごす。そんな毎日。

そんな私を懸念してか、親から「空き地に咲く黄色い花、セイタカアワダチソウは喘息にとって悪いもの。近づいちゃダメだ。」と言われた。

絶望したし、黄色いあの花が憎くて仕方なくなった。

それから毎日毎日毎日、ひたすらセイタカアワダチソウの根っこを引き抜いていく。念のために息を止めて。

自分の世界を壊す存在を排除するため。

そんなことしても無くなるわけないのに。

そんな毎日を過ごし、黄色いその花も白く変わった冬のことだったと思う。おじさんと会ったのは。

見知らぬそのおじさんは私に「ここで毎日何をしているの?」と聞いてきた。全てを喋った。喘息なこと、黄色い花に近づいちゃいけないこと、だから息止めて根っこごと引き抜いていること。

おじさんは頭のおかしい小学生の話を真面目に話を聞いてくれた。

それから確か翌年の春ぐらいまでおじさんとの交流は続いたと思う。

学校であったこと。喘息がしんどいこと。勉強が楽しいこと。そんな話をおじさんは聞いてくれた。

そんなある日、おじさんは図鑑セットを持ってきて、プレゼントしてくれた。本当に嬉しかったことを覚えている。

ここで親におじさんとの交流がバレることになってしまうのだが。

知らないおじさんと毎日あって何やっているんだ!もうあそこには近づいちゃダメだ。

結局自分の基地が、世界が奪われてしまった。

ひどい絶望の中、部屋での孤独の日々を過ごした。おじさんからプレゼントしてもらった図鑑を慰めにして。

その図鑑にはいろんな動物や植物、山などの話が書いてあった。

自分の目の前にある、小さな空き地なんかにはない、いろんな物が。

象が見てみた!鯨がみてみたい!火山をみてみたい!鉱物を掘ってみたい!図鑑の中から色んな夢が広がった。

今思えば、この図鑑がきっかけで色々なことに興味が持てて、世界が広がったなと思う。

ありがとう。今日仕事帰りに見た、セイタカアワダチソウをきっかけに思い出したおじさん。


※後日談ですが、その後、母は菓子折り持っておじさんに挨拶にいって、「息子と遊んでもらって、プレゼントまでいただいてすみません」と言ってくれたとのことだった。

おじさんは小さい子が人気のないところで一人でいるのが心配で毎日見にきてくれていたらしい。今の俺と同じで独り身だから寂しかったのもあったようだ。図鑑は色んなことを小さい時から知って、勉強の楽しさを知って欲しかったからだとのこと。

そんな話を後日(たぶん高校くらいになってから)母から聞いたのだった。当時は母を恨んだものだったが。

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