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らむらむ爺のピザ紀行!

皆さん、こんにちは。らむらむ爺でございます。本日は「ピザ」にまつわる私の思い出話しをさせて頂きたく思います。今回はちょっと長くなりますが何卒お付き合いくださいませ🙏😊

   【第一章/熊本中学一年生編】

私が中学一年生の頃、ひとつ上の不良の先輩に、
「ピザを食いに行こう!」
と誘われたことがある。

ちなみに私は昭和39年熊本生まれでして、大変お恥ずかしい話なのだが、中学一年生当時まで「ピザって何よ?」といった感じで、なんとピザがいかなる食べ物かを知らなかったのである。

そんな中、先輩と一緒に喫茶店に行ってタバコを吹かしていると、やがて先輩が注文したピザがテーブルに届き、私はそこで生まれて初めてピザなる食べ物を目にしたのであった。

私はその時思った。
「ピザって、パンにグラタンが乗ってるんだぁー!スゲ〜美味そ〜!」と!?

そんなピザを私がもの欲しそうに見つめていると、優しい先輩は「お前も食べなよ!」
とすすめてくれたのである。

グラタンが大好きだった私は喜んで一枚頂き、人生初のピザを頬張った!そして、

「ゲェェェ〜〜〜!」

となった。なぜなら当時の私はチーズが好きではなかったからだ。更にはグラタンだと思って頬張ったらチーズの味がしたので「腐ってるー!?」と思ってしまったのだ。

    【第ニ章/東京高校ニ年生編】

以来、ピザがいかなる食べ物かを知った。もうピザに不覚を取ることなどあり得ない。

そんな高校二年生の時、修学旅行の日がやってきた。熊本から初の東京旅行。更には一日自由行動である。

ちなみに今の若い方々は全体的に普段から標準語っぽいし、そもそもネットで情報が入るので、いきなり東京に行ってもそうそう困ることはないだろう。しかし当時は情報も少ない上、私達は熊本弁以外しゃべったことがなかったのである。それもバリバリの熊本弁だ!「○○でいいですか?」と尋ねられたら、反射的に「よかです」としか答えられないぐらい熊本弁以外の世界を知らないバリバリの熊本っ子なのである。

よって自由行動の日はとにかく「田舎から出て来たことがバレないように!」と不良のツレ五人組で気合いを入れて繰り出し、遂には憧れの表参道にたどり着いたのであった。

やがて、お腹が空いたので、何か食べようとなった。そこで目についたのが「ピザ屋のシェーキーズ」である。

私達は早速シェーキーズに入店した。
そして入店するなり、 

「500円です!」

と、いきなりお金を請求されて愕然とした!?

お金は店を出る時に支払うことが当時の熊本の常識である。食べる前にお金を払わされることなどあってしかるべきことだ。てか、まだ何を食べるのかさえ決めてないのにもかかわらず、なぜにいきなりお金を支払わなければならないのか? 熊本から来た私達には理解できなかったが、いかんせん熊本弁で「なんでメシば食う前に金ば払わにゃんとですか?」なんて尋ねたところで、「何言ってんだか全然分かんねー?」と思われるだろうし、そもそも熊本人だとバレないように!というつまらぬプライドがあったので、とりあえず分かっている風を装いながら言われるがままお金を支払った。

そして呆然と立ち尽くした。

私達はそこからどうすればよいのか分からなかったのだ。熊本から来たツッパリハイスクール五人組はシェーキーズというセルフサービスのお店で、お金を払った後どうすればいいのか分からず、ただホールを見つめてオロオロと立ち尽くしてしまったのである。更には困ったことに一人のツレが舐められないよう店内に向かってガンを飛ばしてイキり始めたのである。

そんなチンパンジーのようなツレをなんとか諫めながら、私達は次に来たお客さんの真似をして、とりあえず空いてる席に座ることに成功した。まずはひと安心である。

しかし、私達は次なる問題に襲われる。なんと待てども待てども店員さんがオーダーを取りに来ないのだ。チンパン五人組は「これはどうしたことなん? 店員さん、俺達に気がついてないん?」と不安げにしていると、続いて別のチンパンジーが「俺達、舐められてんじゃねーのか?」と被害妄想に陥り、ふたたびイキり始めたのである。

そんなツレが小者感全開でイキる中、突然キッチンから焼きたてのピザがキッチンカウンターのようなところに無造作に並べられた。やがてお客さんがひとり、ふたりとそのピザを取りに向かっている。

そこで私は閃いた!
「も、もしかして、あれを勝手に取りに行けばよかとじゃなかと?」と!?

そんな私の意見にツレのチンパンジー達は目から鱗でも落ちたような表情で、
「そ、そうかもしれんね?」
「さすがらむらむ!」
「じゃあお前が取りに行ってこいよ」
「イヤばい!お前が取りに行ってこいよ!」
「お前が!お前が!」

と、しばらく五人で揉めた後、

「じゃあ、みんなで行こう!」

とダチョウ倶楽部のような感じで、私達は勇気を振り絞ってカウンターに向かい、なんと見事ピザをゲットすることに成功したのである!

私はなんと東京は表参道というオシャレな街でピザを食べることに成功したのである!中学一年生の頃まで「ピザ」という存在さえ知らず、更には生まれて始めてピザを見た際「パンにグラタンが乗ってる〜!?」なんて思った私が、それから約五年後には、遂に東京の表参道でピザを食べるまでに成長していたのである!

しかし、そんな喜びも束の間、更なる問題が発生した。なんと途中で喉が乾いて仕方なくなってきたのだ!

横目で周りをチラ見すると、皆さんコーラなどのドリンクと一緒にピザを食されているが、私達は一体どこでコーラを注文できるのかも分からない。そもそもコーラもフリーなのか!?  それとも追加で料金を払わなければならないのかさえも分からない。分からなければ尋ねればいいのだが、熊本弁しかしゃべれないので、やっぱり恥ずかしい。

ということで私達は結局ピザだけ食べて、今回は残念ながらも飲みものは断念することにしたのであった。

今にして思えば、きっとドリンクバーみたいなコーナーがあったのだろう。しかし当時の私達はそんなシステムなど知る由もなく、更にはあまりキョロキョロして気の利いた人から「どうしました?」なんて尋ねられでもしたら「コーラば飲みちゃ〜とばってんどぎゃんして!?  い、いや…コーラば!?じゃなくて〜コーラを!飲みちゃ〜?」みたいな感じになってしまうだろうから、表参道というだけですっかり萎縮して、あまり周りを観察する心の余裕さえなかったのである。

それにしても喉がカラカラで何か飲みたい。私達は外に出るなり自動販売機で念願のコーラを買って、早速喉の乾きを潤した。

コーラをグビグビと飲みながら、私は、

「東京はやっぱり恐ろしかばい!?」 
しみじみ思った。

     【第三章/ナポリ48歳編】

といった感じでピザには苦い思い出ばかりだ。よって今でもピザはそこまで好きな食べ物ではない。けして嫌いなわけではないが、自分一人でピザを食べに行くことはないといった感じだ。ちなみにこれまでの人生で食べたピザのベスト3は、1位がインドのバシシト村のレストランで食べたピザで、2位が東京ディズニーランドのどこかの店で食べた切り売りのピザ。3位はまだない。

思えば、高校生の頃はセルフサービスのピザ屋でまともにピザも食べれなかった私が、月日の流れと共に東京で暮らし始めて、世界中を旅して、やがて世界中のピザを食するまでに成長していた。ちなみに世界には様々な食があるが、ピザは世界中で最も食べられている食のひとつだということを知った。ヨーロッパは元より東南アジア諸国からインド、イスラエルに至るまで、どこの国の人もよくピザを食べる。ピザは世界食のひとつと言っても過言ではない。

そんなピザの本場と言えばイタリアは「ナポリ」である。

ナポリと言えば、かつてインドで一か月程一緒に遊んだイタリア人のブラザー&シスターが暮らしている。当時ヨーロッパを旅していた私と妻は、ナポリで暮らすイタリア人のブラザー&シスターを訪ねて一路ナポリへと向かった。

ちなみに私のブラザーは当時シェアハウスで暮らしており、私達はナポリの若い住人達の中でしばらくお世話になることになった。

早速お腹が空いたので、ブラザー達とピザを食べに行くことになった。ブラザーオススメのピザ屋でナポリ発祥のマルゲリータを注文すると、ほどなくして焼きたてのピザがテーブルに運ばれて来た。

薄い生地の上にモッツァレラチーズがたっぶりと乗っかっている。一切れ口に運ぶと、もちもちした薄い生地とトマトとモッツァレラチーズの旨みが口の中で見事なハーモニーを織りなす。それと共に、私は幸せな気持ちに包まれていった。

「ナポリピザ!マジでオイシイ〜ー〜!」

食べ物には人を幸せにする力があると言われているが、ナポリピザがまさにそれだ。

更に驚いたことは、その価格の安さである。
日本でピザと言えば、その当時ピザーラあたりで一枚二千円程という結構高級な部類の食べ物なのだが、なんとナポリのピザはあの大きさで1枚350円程度なのである。

ホンモノのピザはやっぱり美味しい!
更には安い!

そしてナポリのブラザー宅に滞在して、もうひとつ分かったことがある。ちなみにこれらはあくまでも私が知っている範囲のナポリ人だが、

サッカーの応援の時もピザ!
仲間うちで集まればピザ!
デリバリーで済ます時はもちろんピザ!
ランチでパスタを食べたから夜はピザ!
とにかく一日一回はピザ!!

といった具合に、なにかとピザばかり食べるのである。ホント皆「ピザ好き過ぎ!」である。ついでにナポリにはナポリタンというスパゲティはやっぱり存在しなかった…。

そしてやがて旅立ちの時が来た。私達はナポリから一路クロアチアを目指すことにした。
「トリエステに向かう電車の中でお腹が空くだれろうから」とブラザーは別れ際にひとつの紙包みをお弁当で手渡してくれた。私は、
「ありがとう🙏」とハグをした後、ブラザーからその紙包みを受け取った。

電車の中に乗り込みと、ほどなくしてお腹が空いてきた。早速ブラザーからもらったお弁当を食べようと紙包みを開いたら、 

やっぱりピザだった😊

正確には揚げピザなのだが、これもまたひと口頬張ると幸せな気持ちになった。

それと共に、

私は無性にコーラが飲みたくなった!

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以上、ピザも知らなかった少年が表参道のピザーラを経て、やがてナポリピザを食べるまでに成長したという私のピザの思い出でした。
本日は長々としたつまらぬお話しに最後までお付き合い頂き、フロムハートでありがとうございました。

皆さん、本日もハブアワンダフルデ〜!

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