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篠山紀信と吉行淳之介のヴェニス

篠山紀信が亡くなりましたが、報道では、宮沢りえの写真集など、社会的に騒動を起こしたポートレートものだけで評価されているのが、いささか気の毒な気がします。磯崎新との建築をめぐる写真集、あるいはシルクロードを旅した「紀行文+写真」という大きな仕事もありました。こちらが本筋のような気がします。

そうしたなかで、吉行淳之介との『ヴェニス 光と影』(新潮社、1980)は写真と文章が乖離しつつ補完しているというなかなか興味深い写真集です。前半に吉行の文章があるのですが、マンの「ヴェニスに死す」に触れながら、通訳をしてくれるナディアとか、田中小実昌の話へと向かいます。

ヴェニスそのものに関しても、断片的に食事などを扱う興味深い話が登場するのですが、どうやら持病のせいでホテルに籠もりぱなしで、見聞があまりできなかったようです。高級ホテルのレストランの不味さが、アメリカの観光客におもねっているせいだ、という憤りに思わず笑ってしまいました。

それに対して、篠山の写真は、結婚式や葬式、ゴンドラを使った魚売りなど色々な対象を写し取っています。和田誠がセレクションしたようですが、静止画的ではない動きをとらえた写真が採用されているのも注目すべきでしょう。けれども秀逸な写真は、建物の思いがけない箇所を被写体としたときに出現していると思えました。ただし、印刷そのものは、発色も含めて少々問題があります。もう少し解明度の高い印刷で見たかった気がします。


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