見出し画像

ヴィオラの天国に行ってきたよ

本日は国立音楽院主催の日本人ヴィオラ展へ行ってきました。私にとってはこのような展示会はまさに極楽浄土のような場所です。弦楽器に囲まれるという幸福感が溢れんばかりでたまりません。ということで全楽器を試奏してきましたが、今回の目玉はたくさんある楽器の中からプロがそれぞれ新作のヴィオラを選んでそれをヴィオラ四重奏を聴けるという極楽の世界ですね。いやはや感心したのですがヴィオラ四重奏曲はめちゃくちゃに面白いです。というのもヴィオラはバイオリンとかチェロよりも個性派ぞろいであり、その違いを四重奏で聴き分けるという点においての面白みがありますね。各楽器の違いが明確にわかり、個性が違うゴージャス歌手の四重奏という感じ。なかでもびっくりしたのが、村川タクトさんのターティス型ヴィオラでした。音がヴィオラと思えないほどによく音が抜けて出てくるのですよね。1番ヴィオラの村上さんが一生懸命弾いていて出している音を右サイドの4番演奏者の生野さんが軽く弾いているだけなのにザラっとした質感で抜けてきます。音量も凄いですが、いやはや、もはやこれはほとんど凶器ですよね。別ジャンルのヴィオラというか、ソロで弾くと無茶苦茶よさげですな。このヴィオラならチェロに勝てるかも。逆にいうとアンサンブル向きではなく完全なソロ楽器ですよね。演奏が終わった後にそれぞれが講評がありましたが、これも興味深いです。

《清水陽太氏のヴィオラ》(原田氏演奏)
とにかく美しい外観。人柄の良さを感じる(原田友一氏)。
音がストレスなく素直に出てくる楽器を目指している(清水氏)

《高橋尚也氏のヴィオラ》(長石氏演奏)
美しい外観が気に入った。音色に芯があり詰まっている。四万十のラベルが気に入った(長石氏)
ヴィオラのサイズに苦労した。大きな楽器を作ってみたが扱いずらいところがあり今回は小型で扱いやすい楽器を目指した(高橋氏)

《安富成巳氏のヴィオラ》(生野正樹氏演奏。モーツアルトで演奏)
くせがなく素直にそのままの音で鳴る。フィト感があり構えた感覚が良い。弾きやすい。相性が去年と同じ製作者のヴィオラを偶然に選んでしまった。決して忖度ではありませんよ。(安富氏は今回の展示会の主催者)

 ヴィオラは製作者の人柄がでるのかも。演奏者の個性とあったときによい楽器になる。演奏者の方に日本人の製作者を選んでいただけるような作品を作っていきたい(安富氏)

《村川タクト氏のヴィオラ》(生野正樹氏演奏。バッハで演奏)
ターティス型というお尻のでかい楽器。低音の深さ、渋みがある。バッハに合うのではないかと直感し、今朝の本番の直前に選んでみた。

ヴィオラ弾きは大きな楽器をみると弾きたくなるものですが、結構大きな楽器なので苦戦している人をみて次は少し小さい楽器を製作してみたいです(村川氏)

《鈴木恒平氏のヴィオラ》 (村上淳一郎氏演奏と講評)
17台のヴィオラを5時間かけて弾いてみたが、そのなかで選んだ。すべての弦に厚みがあり個性があるのが好み。上から下まで素晴らしい。全部の音がバランスよくなっても個性がなくなるのは困るがこの楽器はそうでない。楽器作りに結構秘密がありそう。
低弦の深い音、高音側が甘い音がでるように製作した。バスバーを変更して低音を補強してみた。オールド楽器の感じを出してみた(鈴木氏)

《N響主席ヴィオラ奏者:村上淳一郎氏の個別弾きによる講評》
●鈴木氏のヴィオラ
ジューシーなヴィオラ。音に広がりがある。
●高橋氏のヴィオラ
エネルギーが凝縮。より内面にむかっている。
●清水氏のヴィオラ
ドルチェな楽器。溶ける音色。ヴィオラの音の特色は「間」である。この世とあの世の間のミステリーゾーン。作曲家はヴィオラの曲を最後に書く場合が多いが、そのようなことを思い出させるようなヴィオラの音。
●安富氏のヴィオラ
下が力強く、上が煌びやか。高音にきらきらした要素がある。
●村川氏のヴィオラ
まさに渋み。スパイシィな音。ざらつきが人の心のひだに引っかかるような感じ。鈴木氏とは真逆な楽器。

《村上淳一郎氏による楽器の選び方アドバイス》
世の中のすべて美しいものには共通点がある。何かに特別に秀でて素晴らしいということではなく、弾いた人、みた人、さわった人がよいかどうかわからないけれどもイインダヨねというのが一番いいと思う。相容れない反対方向のエネルギーが混在しているもの。たとえば人間でいうと楽しい人なのに憂がある人とか、映画でいうと笑いと涙のある作品。楽器も大きな音なんだけれどもくすんだようなものがあり、それらがひっぱり合うような引力がある楽器。歌手の場合は、いくつもの感情がその声に含まれている。悲しいのにキラキラしている、ざらざらとした質感に透明感があるとか、どちらかに偏らない妙味、そういうニュアンスがたくさん含まれているのが決めてとなる。なぜなら何百年ものヨーロッパの歴史と伝統を受け継いている(クラシック)音楽、より深いところを表現する音楽のために、楽器はそれを表現できる能力を試される。製作家は音にたいするイメージを豊富にもっていなければならない。そこが根っこの部分だと思う。ヨーロッパの製作家にはそれがあたりまえのようにある。僕たちもそれをやっているわけだから日本の生活のなかだけでは本物の楽器は生まれてこない。
 日本人の製作家は、かなり良い材料と技術をもっておりヨーロッパにもひけを取らない模範になるような楽器はあるのですが、そこにヨーロッパの巨匠がつくるようなさらなる独自性とか、さらなる複雑さを含んだ楽器や弓はまだまだ作られていない。ここから僕たちは製作家と演奏家が一緒になって1段階、2段階上がっていくことが日本の音楽界のためにもなるのだと思う。
→背も高いし、カリスマもあり力強い言葉でしっかりとしゃべっておられたのでなんか感動してしまいましたね。私たちもヨーロッパの伝統を背負っているんですよね。

《Ralatalkの講評》
4人の演奏家さんが選ぶ楽器は、それぞれに個性があってびっくり。たぶん清水さんや安富さんの楽器は私が弾いてもその能力を引き出すのは多分無理でしょうけど相性があえば破壊力抜群ですね。私にとって弾きやすかったのは鈴木さんの楽器で、軽いし、これは演奏者のことをよく考えてくれている楽器で415とは思えないくらい取り回しが楽。高橋さんの楽器も弾きやすい。やや小型の楽器ではありますがチェロよりの強い音が出せますね。安富さんの楽器の音は、泣けるような音色というか情が深い音色というか好みではあるのですが悔しいですが大きな楽器なので弾けないですね。
村川さんの楽器の音抜けの良さはもはやこれは凶器ですな。ソリスト向き。コンサート大ホールの奥でも楽に音が通せますね。おそらく弓さえよければ国際コンクールで優勝を狙える楽器かも。バッハ、バルトーク、ヒンデミットで聴いてみたいですね。清水さんの楽器は底板が厚い感じで少し重い。声楽でいうアルトの音ですね。
村上さんのクラシック音楽における楽器考え方と楽器の好みがかなり近いですよね。バイオリンでいうとストラドよりもガルネリを選ぶ感じですよね。

なんかとても有意義な1日でしたよ。ただ撮影禁止だったので楽器を掲載できませんでした。会場の様子は国立音楽院のYoutubeで掲載されるかもということでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?