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『どうして、そんなに羽生さんだけが強いんですか?』から十年の今


 最近、将棋ファン以外から投げかけられる将棋の話題は、やはり藤井二冠のことが多い。「やっぱりすごいんですか」「どこがすごいんですか」「何が違うんですか」「もっと強くなるんですか」
 藤井は確かにすごい。ただ、現在の将棋界は彼一人が突出して強い、というわけでもない。タイトルを保持している豊島、渡辺、永瀬、藤井がリードしている。という状況か。数年前までは全く違う状況だったわけで、今後もどうなるかは全くわからない。
 そんな中、羽生が久々にタイトルに挑戦している。竜王戦に登場した羽生は、タイトルを奪取すればタイトル通算100期となる。現役では……というか、将棋界の歴史の中で成績が突出している。
 何年か前まで、将棋の話題の多くは羽生に関してだったのだ。


 『どうして、そんなに羽生さんだけが強いんですか?』という本が出たのは、今から十年前である。ずいぶんと刺激的なタイトルだが、確かに聞いたことのある言葉でもある。七冠を達成し、複数タイトルを保持し続け、早指し棋戦でも活躍し続けていた。将棋界と言えば羽生、だったのだ。
 筆者の梅田望夫は、羽生と対戦する棋士に着目し、対話し、そこから羽生のことを知ろうとしている。「戦いの現場に足を運び、そこで起きていることを謙虚に見つめること。棋士たちの声に、そして心の叫びに耳を澄ますこと。それらを刺激にひたすら考えること」(p.12)を試みたのであるである。五つの観戦記と対話から、羽生の本質が浮かび上がってくるような、更なる謎が増えていくような、将棋界全体の様子が伝わってくるような、そんな本である。
 十年たって私がこの本を再び読み解こうとしたのは、一つの問いが終わったと考えたからである。すでに将棋界は、「羽生さんだけが強い」世界ではない。しかし竜王戦に挑戦しているように、50歳になった羽生もまだ強い。将棋界は今後、新しい時代に入っていくだろうと思える。そして多くの人々が、藤井聡太という天才がどこまで進むのかに注目している。いずれ、『どうして、そんなに藤井さんだけが強いんですか?』と問う時が来るかもしれないのだ。
 長く続いた「羽生さんだけが強い時代」を描いた本書と向き合うことで、時代がどう変わり、今後どうなっていくのかが少し見えてくるかもしれない。私は、そう考えたのである。


リアルタイムの時代

 将棋界がこの十年でどう変わったかを最も実感したのは、次の個所だった。

 幸いなことに、今日はこれからネット上で「ライブストリーミング大盤解説会」という、新しい試みがある。動画共有サービス「Ustream」上のページ(URL省略)にアクセスすることで、家に居ながらプロ棋士の大盤解説を楽しむことができるのだ。(p.203)

 今では当たり前になったインターネット上のプロ棋士による解説は、十年前はまだテスト段階だったのである。棋譜をリアルタイムで見られるようになったことも革新的だったが、ニコニコ動画などにより解説もリアルタイムで視聴できるようになった。今では注目の対局に解説中継がないと物足りなく感じるほどになった。
 いわゆるゼロ年代はインターネットが普及していき、将棋界にもその影響が及んだ時代だっただろう。ネット対局も当たり前になり、地方に居ても実戦をこなせるようになった。ネット中継以前の貴重な放送である「将棋界の一番長い日」には、BSの映る家にみんなで集まって鍋をつつきながら楽しんでいたりした。中には2チャンネルを見ながらなんやかんや言っている人もいた。
 それが2010年代になり、将棋の「番組」がインターネット上で流れることになった。ニコニコ生放送では、対局のみならず様々な企画が放送された。将棋まつりや人間将棋などが中継され、足を運べない人も観て楽しめるようになった。インターネットを使うのは当たり前になり、今では、普通にネットでプロの指導対局を受けられるようになったのである。
 対局を映す画面には評価値が表示され、時には絶望的な大差であることを数値で示す。おそらくプロ棋士も評価値を参照にして、棋譜の中に鉱脈がまだ隠れているかどうかの参考にしていることだろう。昔ならば自分で調べなければわからなかったことが、画面の中でリアルタイムで垂れ流されているのである。
 そんなことを思うのは、次の個所が印象に残ったからである。羽生と深浦の対局で深浦が新手を出したのだが、結果は羽生が勝った。深浦はまだ新手後のどこかに可能性があるかもしれないと思っているが、羽生は対局後調べて、ある逃れにくい変化の末に結論を見出すのである。

 私は、先手玉は絶対に詰んでしまうから、この変化は先手負けと対局中は思っていたんです。だから▲2にとから▲7四桂とは指さなかったんですね。でもあとで調べてみたら、これが詰まないんですよ。
 でね・す・ご・い・長・い・変・化・な・ん・で・す・よ。
 
 ここで羽生に異変が起きた。羽生の表情と口調が変わり、一文字一文字、言葉を区切って話すロボットのようになってしまったのだ。羽生の頭のなかがフル回転し始めて、言葉のアウトプットが遅くなってしまったのだろうか。(p.222)

 羽生はよほど興奮していたのだろうか。「詰みそうなのに詰まない」ことの発見に、神がかり的になってしまったようである。結論を見つけた喜びとともに、結論が出てしまう局面ゆえに実戦には表れないだろうことを残念がっている。そしてそのうえで、「詰みが発見される可能性がある」とも言っているのである。
 この無邪気さと冷静さ、時には残酷さが色濃く見えるのが羽生の特徴であると思う。そして十年前だからこそ、それが「あとから聞ける」状況だったともいえる。例えば今なら、中継中に「ではやってみましょうか」と盤を動かし始め、「ではこここの局面での評価値は」と見ることができる。すると先手の数値が高い。いかにも詰みそうなのにどうも詰まないのか、そうか、となる。それを見ると「この後手の新手はどうもダメそうだなあ」とその場でわかってしまう。
 羽生がロボット化するほど興奮することが、今は機械が事前に調べてくれるのだ。もちろんソフトやスペックによってもっと違う結論が出ることもあるだろう。それでも多くのことが「リアルタイムで」暴かれてしまう時代なのは間違いない。

予測された十年間

 本書第一章は、「これからの十年間」(現在からみればこれまでの十年間)について書かれている。梅田は2010年代の将棋界は戦国時代に入ると予想している。いくら羽生と言えども、40台になれば苦戦もするはずと考えられている。梅田は、この十年間で活躍するのは「羽生世代」(1969年から71年生まれ)「ちょっと下の世代」(72年から75年生まれ)「渡辺竜王を中心とする世代」(80年から85年生まれ)「もっと若い世代」であると予測している。(p.18)
 予測は、だいたい当たったと言えるだろう。2010年代前半は、羽生の時代が続いた。他には森内や郷田がタイトルを獲得しており、若い世代は渡辺中心で、タイトルに関して言えば他には広瀬と糸谷が一期ずつ獲得したのみである。
 しかし2016年には佐藤天彦が名人を奪取、そこから三連覇をした。菅井や中村太地もタイトル奪取、そのほかにも次々と若手がタイトルを獲得する。しかしなかなか防衛はできず、タイトル保持者が次々と変わる、まさに戦国時代の様相になったのである。
 梅田の予想が素晴らしいのは、単に若手が活躍するというものではなかったことだ。多くの競技では世代交代が起こり、ベテランはトップ争いから姿を消す。特に現在は子供でもネット対局や将棋ソフトを利用できる環境であり、そういう若い世代が一気に時代を塗り替えるのでは、と考えてもおかしくない。しかし実際には羽生が再び竜王に挑戦し、佐藤康光はA級におり、丸山もタイトル挑戦まであと一歩のとこまで迫った。「羽生世代」や「ちょっと下の世代」も、まだまだトップ集団の中にいると言っていいだろう。
 そしてこの第一章、羽生の対戦相手として取り上げられているのは木村なのである。2009年、羽生対木村の棋聖戦五番勝負。当時羽生は四冠。それに対して木村は、タイトル戦全敗であった。なかなかタイトルに手が届かない。この後の王位戦では三連勝してタイトルに王手をかけながら、四連敗して奪取に至らなかった。
 しかし現在の私たちは知っている。2019年、ついに木村は46歳にして王位を獲得した。若手が次々と台頭する時代において、決してその波に飲み込まれることはなかったのである。
 梅田は、「40歳を過ぎても弱くならないのは深浦と木村でしょう」という米長の言葉を紹介している。(p.20)米長の予測力もすごい。深浦も昨年、NHK杯トーナメントで優勝している。
 藤井聡太という、10年前には予想できようもない超新星も現れた。それでもなお、羽生世代やそのちょっと下の世代が活躍し続け、いつタイトルに挑戦してもおかしくない力を保持し続けている。『どうして、そんなに羽生さんだけが強いんですか?』というタイトルながら、羽生さんだけが強いのではない時代についての「かなりいい線の予測」から、本書は始まっているのである。

X-dayの予測

 この十年で大きく変わったことと言えば、やはり将棋ソフトの強さだろう。プロ棋士が負け、A級棋士が負け、そして名人が負けた。ソフトを使って研究するのは普通のこととなり、ソフトの示す手を「正解」と表現するのが当たり前になった。
 しかし本書が書かれた段階では、まだソフトはプロ棋士の域に達していない。梅田は「『コンピューターが進歩を続けて人間のプロの最高峰に挑みながら、紙一重のところで人間が勝つ』」ということが相当長く続く未来の戦いを見てみたいと思う」(p.72)と述べているが、それはかなわぬ願いだったのである。
 2013年、電王戦においてponanzaが佐藤慎一に勝利。そしてGPS将棋がA級棋士の三浦に勝利した。この後も電王戦においてプロ棋士と将棋ソフトの戦いは続き、2015年の電王戦FINALではプロ棋士の3勝2敗だった。結果だけ見ればいい勝負だが、すでに読みの深さ、正確性はプロ棋士を凌駕しつつあり、将棋ソフトの弱点をどうつくか、という戦いになりつつあった。
 その後トーナメントで優勝者を決めるようになり、第1回目の優勝者は山崎。第2回は佐藤天彦。どちらも2番勝負において、将棋ソフトに2連敗した。内容も完敗と言ってよく、将棋ソフトが人類を越えたのは多くの人々にとっての共通認識となったことだろう。
 プロ棋士が負ける日、そしてトップ棋士が負ける日は、どちらもこの十年の間に訪れた。おそらく2013年の時点で、タイトルホルダーが負ける可能性はあっただろう。将棋ソフトは数年の間にかなり強くなったのである。
 本章では、勝又が対話相手となっており、人間チームの総監督ならば誰を選ぶのかを尋ねられている。そこでまず名前が挙がったのは若手の阿部健次郎、菅井である。その次の段階として、タイトル一歩手前の若手として阿久津・山崎の名前が挙がっている。この四人中、阿部以外の三人は実際将棋ソフトと対戦することになる。
 この四人の中でも今考えると意外、当時を想定するなら当然と言えるのが山崎である。山崎は三章における羽生の対戦相手でもある。独創的な序盤を指し、終盤の逆転術にも定評がある。米長がボンクラーズ相手に初手から奇襲を仕掛けたように、最初将棋ソフトは「蓄積したデータのない序盤」を苦手としているイメージがあった。だからこそ、山崎はソフト相手の適任者と言えたはずである。しかしソフトが強くなっていく中で、どんな手でも力ずくで乗り越えていくようになった。その場で計算して対応できるようになれば、珍しい手も怖くはない。しかも終盤、心理的な揺さぶりで逆転を狙える相手でもない。実際に山崎とponanzaが対局することになった2016年の時点では、山崎はソフトに相性の悪いタイプになっていたのではないだろうか。
 現在も将棋ソフトは強くなり続けている、ようである。もはや人間という尺度が通用しなくなったので、どれぐらい強いのかが想像しにくい域まで到達している。ただ、今よりも強いソフトを使うことにより、もしくは今以上に効率的な使用方法を見つけることにより、プロ棋士にさらなるブレイクスルーが訪れる可能性はある。

終わりに

 『どうして、そんなに羽生さんだけが強いんですか?』というタイトルながら、この本を読んでもなぜ羽生が強いのか、はっきりわかるわけではない。むしろ、羽生と対戦した棋士たちの魅力がよく伝わる構成になっている。
 羽生に食らいつこうとして強くなっていった者がいて、そういう強い者に勝とうとしてさらに羽生が強くなる。本書を読むと、そういう構図があるのではないかと感じられる。羽生さんが強いのは、羽生さん以外が強いからだ。羽生さん以外も強いのは、羽生さんが強いからだ。そのような関係性。
 羽生「だけ」が強いのではなくなった現在、誰が次の時代のトップになるのか、そもそも誰かが独り勝ちする時代が来るのか、それはわからない。ただ、もし次の 『どうして、そんなに○○さんだけが強いんですか?』が書かれるとしても、敗者にスポットライトが当たる構図は変わらないだろう。
 また、今後十年を予測するというのは大変難しいことであるのもわかる。将棋ソフトは多くの人々の予測を超える速度で進化し、将棋中継は予測を超える速度で浸透していったのではないか。また、藤井聡太のような規格外の若手が出てくると思っていた人間がどのぐらいいただろうか。しかも彼が規格外なのかどうかは、もう少し待ってみなければわからないかもしれない。今後の十年二十年では、彼レベルの若手が次々と出てくる可能性だってあるのだ。
 こうしてこの十年間をいくつかの視点から振り返れたのも、梅田が本書を書いたからである。将棋に関する様々な書籍は、のちになって有益性を増すということもあるだろう。「十年後に振り返ってみたくなる本」が、数多く出版されることを期待しながら、今後も私なりの視点も有しながら将棋界のことを注目していこうと思う。

(敬称略)


引用・参照文献

梅田望夫『どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?』(2010)中央公論新社


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