「老婆を待ちながら」原案:流れのトラッカーみつ太郎
トンネルを抜けると慌ててブレーキを踏んだ。深夜とはいえ暗すぎる。前方トラックのテールランプも見えない。月明かりを頼りに目をこらす。前を走るトラックたちはみな、這うかのようなスピードで徐行している。なぜだ。にわかに恐怖に襲われる。だってここは「老婆」が出るトンネルではないか。
トンネルで腰も曲がった老婆が凄まじい速度で追ってくるという有名な都市伝説がある。トラックの運転手の間では、伝説でもなんでもなく、常識だということを新人の俺は聞いたばかりなのだ。だからこそこの老婆トンネル付近は出来るだけ早く通り過ぎたいのに…もし後ろから、例の老婆が本当に現れたらどうするというのか。クラクションを鳴らそうと、手を伸ばした矢先、窓を誰かが小突く。
恐る恐る、横を向く。そこにいたのは…
「前のトラックの者だけどさ、おたく新人さん?明かり消してもらえる?今すぐに」
「はい?」
「明かり!消してもらえる?もうすぐ老婆が来るから!消せねえならエンジンを停めて、後ろから押せ!いいな?」
男はそれだけ言い残すと、トラックに乗り込み、また徐行をはじめた。男に気圧され、俺は運転席から出る。
ひたひたひたひた
トンネルの方より妙な足音が聞こえた。一人ではない。複数のだ。老婆が俺たちを襲いにきたのだ。逃げろ。しかし足に力が入らない。十を超える老婆たちの青い影が徐々に迫り来る。呼吸を殺す。ところが、一人の老婆はこちらに気づく。笑う。枯れ枝のような手をこちらに突き出す。殺される。
「はい、これ」
「へ?」
気づけば、みかんが一個握らされていた。呆然としていると、御構い無しに老婆たちは、その先のトラックたちに近づき、同じくみかんやら、紙で包んだお菓子やらを渡していく。二十人はいただろうか。やがて老婆たちは静かに闇の中へと消えていった。ランプが一斉に点く。
「そりゃ速い老婆は怖いよ。でも老婆が速いのは俺たちが速いからであって、俺たちが遅く走れば、ああいう怪異(かいい)も単なるおばあちゃんだ。ランプを消すのは、シンプルにお婆ちゃんには強すぎるから。わかった?じゃあ俺は行くから」
先ほどの男はそう説明すると再び夜の底を走り出した。
虚をつかれたような気分で、俺も再び運転席に戻る。
まったく遅すぎるハロウィンだ。いや、たまには遅くても良いということを今、学んだばかりではないか。さて、怪異の老婆がくれたみかんだが、一粒口に入れてみた。めちゃくちゃ酸っぱい。よく見りゃ青い。さすがに早すぎだろ。
いつもいつも本当にありがとうございます。