「父、穴を掘る」(原案:ウイルス味噌)
父がやたらに穴を掘る。
薄べったい石だけを用いて、それはもう、一心不乱に。家にいる娘から、何をしているのか訊かれても、父はただ貝のように黙るばかり。怪我で足を悪くして以来、出稼ぎすらできなくなった父の奇行を娘は下手に咎めることもできず、じれったい心持ちで眺めていた。
夜が更けて、娘は物音に目をさます。外を見遣る。未だに父親が穴を掘っているようであった。穴はゆうに父の背丈を超えていた。一体、父は、何を掘り当てようとしているのか。月明かりが、穴から這い出てきた父の姿を照らす。泥で汚れた父の手には、しっかりと金が握られていた。呆れた。誰かがそこに、埋めた財宝を父は掘り返していたに違いない。つまり、盗掘だ。いくら出稼ぎができぬからって盗掘に手を出すとは。娘は我が父ながら、情けなくなり、月に背を向けると、かたく目を瞑った。
数日と経たぬうち、父の容態は急激に悪化した。
足は赤く腫れ上がり、体は熱を帯び、呼吸も浅い。いまわのきわであることは誰の目にも明らかであった。父は掠れた声で、娘を呼び寄せる。盗掘行為を目撃して以来、父に対し隔たりを感じていた娘であるが、最期ともなればと、耳を傾ける。父は例の穴を指差した。あの穴に、これまで自分が蓄えてきた全ての財産が入っている、そう身振り手振りで娘に伝えた。
ようやく娘は自分の大きな過ちに気づく。父は盗掘などしていない。あれは、最初から父の穴だったのだ。
きっと娘が生まれる前から、定期的に自分の財産を埋めていたのだろう。そして、父親は怪我で自らの命がそう長くないことを悟ると、死ぬ前に、なんとかその財産の在処を、娘に報せる必要があったのだ。父は自分の意思が伝わったことがわかるや、安心したような笑みを浮かべ、やがて事切れた。
娘は泣く。泣きながら、決意する。父が遺してくれた財産を自分の代で使い切ってならないと。父が最期に指差した、新たな命が宿った自分の腹を見ながら、娘は月に誓う。
数千年が経過した。
父が娘に託した財産は、全くそのままの形で発掘された。
ただし、後付けの考古学研究において、すっかり解釈がねじれ、気づけば「お金」だったそれは、当時の食生活を示す史料になり、穴は今、「貝塚」と呼ばれている。
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