「実家の膨張」原案:玩具英二
「もうけたもんよ」
なんて父は案外呑気そうだったが、母は不満げだった。
実家のお隣が去年取り壊されると、その空き地に合わせて、実家は日に日に大きくなり、気づけば1・5倍程度に広がったのだ。玄関も、天井の木目も、薬局のカレンダーも、金魚すら、1・5倍になっている。
過疎地域の一戸建てではよくある話だが、老夫婦に二人住まいとなると管理も大変で、姉妹のなかでわりかし時間のある私がしばらく手伝うことになった。
「広くなっただけならいいけど、高さも1・5倍よ?シンクまで背伸びしないと届かないし。あああ、皿とって、そこ」
私がカレー皿を取り出すと、すっかり寸胴サイズになった鍋を母は重そうにかき混ぜる
「お父さん!テーブル!拭いといて!」
父は1・5倍になったテレビで甲子園を見ながら「おーん」と生返事。
「正直、お父さんへのイライラは1・5倍じゃきかんと思う」
母は私に愚痴るが、大きくなった実家は、なぜか私をこれまで以上に安心させた。
天井の木目と目があう。どこか私の帰省に驚いているようだ。
さて久しぶりの親子揃っての食事だが、テーブルも大きくなっているため、無駄に貴族感が漂う。
「だいたい、お父さんに似たのよね、この家。タイミング悪いのよ。お客さんが見えたときに限って大きくなったり」
「お前だろ、似てるのは。階段だって段ごとに高さが違うし。大雑把なとことか、なあ?」
父はカレーの不揃いな野菜をこれ見よがしにつつきながら私に同意を求める。求めるな。
正直、私に言わせればどちらにも似ている。口うるさいわりに大雑把な母にも、ぼんやりしている父にも、この家はそっくりだ。
それはつまり、この実家は今、二人の血を継いだ私そっくりになりつつあるのだ。
妙な安心感の理由は、これか。
「何ひとりでニヤニヤしてんの?」
「別に。ねえ私、基本在宅だから、こっちで暮らそうか?」
気づけばそう提案していた。帰省するまで、そんなつもり全くなかったのに。
「本当?あんたがそうしてくれるなら助かるけど、ねえ?」「ん。そいや、向かいの息子さんも帰ってきてたな」
母が梨を剥く間、居間に寝転がり考える。なんでこんなこと急に決めちゃったんだろ。
実家。父母の2人暮らしから、3人暮らしに。あ、1・5倍か。
天井の木目が笑った、気がした。
いつもいつも本当にありがとうございます。