manabi_seat_anime_storyboard_2_ページ_01

第二次ブーム?eポートフォリオとは

e-Portfolio(eポートフォリオ)がいま教育業界で注目を集めています。eポートフォリオとは、学習の記録を電子的なデータベースに記録、蓄積したもののことで、一般的な定義は以下のようなものです。

 『学習,スキル,実績を実証するための成果(work)を,ある目的のもと,組織化/構造化しまとめた収集物』
Jones, M., and Shelton, M.: "Developing Your Portfolio: Enhancing Your Learning and Showing Your Stuff", Routledge (2006)

学習成果物、具体的に言うと、学習の時につかったノート・プリント・レポート・発表資料・実習で作ったモノ・実技実演などをデジタル化して保存、収集したもので、今日ではその形式はテキストデータに留まらず、動画や写真、またスライド資料など、様々な形のデータで保存されることが多いです。(これを「学習記録データ」と呼んでいます)
最近では生徒にタブレット端末を配付し、日々のまなびの成果物を入力させるというのがトレンドになりつつあります。

eポートフォリオの本当の目的

なぜeポートフォリオを記録するのでしょうか?これについては様々な解説がなされているのですが、私が考える最も大切な目的は、「学習者が自分自身のまなびを記録し、そしてそれを振り返ることで学習を促進させ、自身を成長させること」です。ここで強調したいのは、学習の成果をなにか別の目的のために集めておくもの、ではなく、記録してそれを振り返ることそのものが学習であり、eポートフォリオを活用すること自体が目的だということです。

eポートフォリオを用いた学習では、「やったこと」と「それに対する評価(アセスメント)」をセットで記録します。評価(アセスメント)は、先生などの他者からの評価だけでなく、相互評価(ピア・アセスメント)なども含みますが、最も大切なのは自己評価(リフレクション・振り返り)を記録する(外化・言語化する)ことです。なにかの学習活動を行ったら、それを記録し、そして振り返る。実はこれらの「評価活動」も学習活動の重要な一部であり、「学習」と「評価」は別のものとして切り離すことはできない、ということがポイントです。

学習活動を行い、記録し、振り返る、を繰り返し行いつつ、時には日々の細かな学習活動の振り返りだけでなく、数ヶ月、年単位での学習のプロセスを振り返る、というように「やったこと」と「評価」を記録し、見返すという繰り返しによって、「メタ認知」「気づき」「動機付け」「自己調整」を促し、学習者を「深い学び」へと導いてゆく、というサイクルは、「フォリオ・ラーニング」とも呼ばれています。

eポートフォリオの活用

eポートフォリオは学習者が自分自身のまなびを深めるためのツール、なのですが、蓄積されたデータは、当然ながら他にも様々な活用の道があります。先生が学習指導や評価に活用する、というのはもっとも重要なものの一つです。

声高に叫ばれている「アクティブ・ラーニング」や、その実例としてのPBL(Project Based Learning)や探求型授業、学びあい、海外留学、など、特に2000年代以降、教育現場では多様な取り組みがなされるようになってきていますが、このような学習活動においては、従来のテストによる点数評価が馴染まないことが多く、その評価をどうするのか、というのは大きな課題でした。そこで、学習のプロセスを蓄積したeポートフォリオをその「評価」や「質保証」に活用しよう、という動きがでてきました。(というより、これを主目的・出発点としてeポートフォリオを導入しようとしている流れの方が主流かも。)

その他にも、ショーケース(他者に見せるために、自分自身のポートフォリオを選択・編集すること)を作って外部に公開し、大学入試や就職活動に活用したり、また大学IR(Institutional Research)やカリキュラム評価など、教育機関自身の改革や評価に対するデータとして活用したり、さらに今後は教育ビッグデータによるLA(Learning Analytics)などの活用法が模索されています。

「評価」と「アセスメント」

私が「評価」や「評価(アセスメント)」とカッコ付きで書いてきたのは理由があります。ここで、「評価」とは何なのかを述べておきたいと思います。

日本語では評価という言葉がとても一般的に使われており、馴染みやすいので我々もよく使うのですが、実は教育の文脈では、評価という言葉は「Grading」「Evaluation」「Assessment」の3つのうちどれかの意味で用いられることが多いです。そして、eポートフォリオ活用における「評価」という言葉は、主にAssessment(アセスメント)の意味合いで用いられます。

「Grading」は「評定」の意味で、テストの結果が何点でした、通信簿が優でした、合格でした不合格でした、・・・というような、「修了時における、学習の達成度を測定すること」です。成績をつけたり、順位付けをしたり、入試において合否の判定したりするときの「評価」はこれのことです。

「Evaluation」は教育の効果測定などの文脈においての「評価」の意味でよく使われます。どちらかといえば、学習者側ではなく教育機関や教える側に対する評価の意味で使われることが多いです。

そして「Assessment」は日本語に対応する語彙がなく、そのまま「アセスメント」と表記することが多いのですが、平たく言えば「さらなる成長のために、今の自分を知り、改善や対策をたてること」です。自分自身の現状を「認知」し、そしてその後の学習のための改善策や方向性を確認すること、までを含めた活動のことを、アセスメントと呼んでいます。また、eポートフォリオにおいて「評価(アセスメント)」と「学習」は不可分であると上述しましたが、つまりアセスメントはそれ自体がまなびの活動そのものであるとも言えます。

Gradingが、「過去に行った学習成果」を対象としているのに対し、Assessmentは「未来のためにどうすべきか」を対象としていることが大きな違いです。従って、アセスメントは学習の初期から繰り返しかつ継続的に行うべきものであり、また結果の善し悪しをアレコレ言うためのものではありません。(例えば、できなかった、わからなかった、も、その子にとってはとても大切な成長のプロセスです)

したがって、eポートフォリオは「学習成果物(アウトカム)」と「アセスメント」を繰り返し記録したもの、といえます。

eポートフォリオをGradingのツールとして使えるか

現在の日本においては、現場の先生の意識や取り組みはまた別として、制度的にはAssessmentよりもGradingの意味での「評価(評定)」が重視されているのも事実です。特に高校以下では、一般的に最終目標が「上位学校への入試に対する合格させること」が最終目標であること、また近年は大学を含めた教育機関に対して、行政や社会から「教育の質保証」が特に求められるようになってきたことなどの背景があります。

もちろん、eポートフォリオは、「テストの点数(偏差値)」とは異なるものさしで、「評定」の根拠として活用することができます。そこにその子の学習と成長の記録がリアルに蓄積されているのであれば、一発勝負のテストや、小論文等だけでは測りきれない、これまでの「学びのプロセス」を可視化することが可能でしょう。特に、現在文科省が進めている大学受験改革の流れで、従来型のペーパーテストでの偏差値における入試選考の比率が下がり、AO入試や推薦入試など、テストの成績だけによらない入試制度が広がっているなかで、「Japan e-Portfolio」など、eポートフォリオを大学入試で活用しようという取り組みがはじまったのも、自然なことだと思います。

第二次eポートフォリオブーム?

実はこの「Japan e-Portfolio」は、昨年からはじまった、文部科学省と大手企業、複数の大学のコンソーシアムが立ち上げた、大学入試でe-Portfolioを活用していこうとしている取り組みなのですが、日本の教育業界の本丸中の本丸である「大学入試」にeポートフォリオをぶち込んできただけあって、業界に巨大なインパクトを与えることになりました。これまで、eポートフォリオは、主に大学を中心に導入がはじまっていった経緯があったのですが、このお陰で日本全国の高校に「eポートフォリオってなんや!?」という声が一気に広まることになりました。また、教育系企業各社も、去年から今年に欠けて、様々なeポートフォリオ製品を市場に投入しだしました。(まぁ、僕の会社もその一つなのですが、我々の製品は入試での活用を想定したものではないです)

「Japan e-Portfolio」は、eポートフォリオという名を世間に広げ、そして、昨今の「第二次eポートフォリオブーム(?)」の火付け役になったことは事実です。大きな可能性をもつeポートフォリオが普及していくきっかけとして大きな意義をもった素晴らしい取り組みだと思います。とはいえ、この取り組み自体まだはじまったばかりで、実は細かな内容までは私も知らないのですが、これを成功させるには、そう簡単でない道のりも待っているのでは無いかとも思っています。

eポートフォリオの本質への理解がカギ

上記で私が「第二次ブーム」と(勝手に)書きましたが、2010年頃に大学業界を中心にして「第一次」ブームがありました。(というか、私の印象で勝手にそう呼んでいるだけですが・・・)その時もeポートフォリオはちょっとしたブームとなり、いろんな大学で導入された実績があったのですが、その一方で、eポートフォリオの本質を理解しないままに導入され、結局あまり活用されずにグダグダになってしまった・・・という実例もまた多く見てきました。(と、人ごとのように書いていますが、当時私が実施に関わったものの、私の力不足もあり満足のいく成果が得られなかった実例もあります。すいません)

私が本稿で一番はじめに書いたように、eポートフォリオの本質は、「学習者が自分自身の手で成長することを」を目的としたツールです。あえて極端にいえば、成績評定や入試判定、就職活動、教育改革などは、「オトナの事情」であって、学習者個々人の学びや成長とは本来関係のない話です。もちろん、オトナの事情であってもeポートフォリオは大いに活用できるのですが、それは学習者が主体となったeポートフォリオを活用した深い学びが有効に促されていることが大前提であって、そこに学びが存在しないデータをひたすら蓄積しても、それは単なる記録、ログデータのようなものでしかない(すなわち、それはeポートフォリオとは呼べない)ということです。

「入試」へ切り込むことの難しさ

実は、入試活用を「目的」としたeポートフォリオは、入試という極めて強力かつ難しいテーマをゴールに据えてしまったがために、eポートフォリオ本来の目的と本質を見えなくしてしまうのではないか、という危うさを感じてしまいます。既に、eポートフォリオは「入試や就活などで活用するためのものです」といった「誤った解説」(・・・もちろん、私にそれが誤りだと断じる権利なんてないのですが、少なくとも私は誤りだと信じている)がなされているサイトも出始めています。

例えば、「このeポートフォリオは入試の合否判定に使うためのものです」と言われただけで、ポートフォリオに入力する内容を「盛る」子達がでてくることは、容易に想像できます。見栄えのいいポートフォリオを作るような「動機付け」がなされ、また、合格率を上げたい先生方も、それを支援することでしょう。予備校や教育産業による「eポートフォリオ対策講座」みたいなものもでてくるかもしれません。(過去にあった「AO義塾」事件を思い出します。)もしもそんな方向に過熱してしまったとしたら・・・その先には学習者の「主体性」も「アセスメント」も「気づき」も「成長」もありません。
(ちなみに、「動機付け」は学習活動において極めて重要なキーワードです。これもいつかまた考察したいとおもいます。)

「上に入試あり、下に対策あり」は常に教育産業の飯のネタとなってきた歴史があります。もちろん「Japan e-Portfolio」も、そんなものは目指していないと思うのですが、色んなオトナ(行政とか大学とか高校とか企業とか親とか・・・)の色んな思惑が絡むと、そう一筋縄ではいかないのでは、というのが個人的な感想です。

実は、大学入試はeポートフォリオの活用云々以前に、様々な矛盾や、大学教育の本質、そして現実社会の問題など、多くの極めて複雑な問題が絡んだテーマです。私ももっと勉強して深く考察できるようになったら、いつかまた記事にまとめてみたいとおもいます。

最後にちょっと宣伝…

私たちが開発している製品「まなびシート」は、eポートフォリオ研究の日本における第一人者である、東京学芸大学森本教授との共同開発で、森本教授が次世代eポートフォリオとして提唱している「eワークシート」を実現した製品です。もちろん、eポートフォリオの本質を深く掘り下げ、議論しながら、その教育理論に従った製品として開発しています。あくまでも学習者一人一人の「まなび」を支援するツールとして、一人でも多くの人の成長をサポートできるよう、想いを込めて開発しています。eワークシートについてはまた別の機会があれば紹介したいともいます。ご興味のある方はお問い合わせを。

参考文献

この記事は、上記の文献に加え、その内容の多くが東京学芸大学森本康彦教授の元で共同研究を重ねる上で、私が学ばせて頂いたことを元に、頭を整理する目的も兼ねて書きました。わかりやすさを優先して、厳密には色々ある話を大雑把に言い切ったりしている箇所や、私の誤解や無理解などがあるかもしれません。ご意見、ご指摘など頂けますと幸いです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?