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誰が為 第一話




時は江戸時代。200余年も続いた争いのない平和な時代。

そんな時代の中、今日も江戸の夜を騒がせる男がいた。

「そこの盗人、待て!」


御用聞きは長屋の屋根を見上げて叫ぶ。そこには千両箱を抱えた泥棒の姿が…。


「そんなんで捕まる馬鹿がいるかよ」


男はそう呟くと闇の中に消える。もう追っ手の声は聞こえない。


「今日もお疲れ俺」

箱の中から小判を取り出す。それを近くの長屋に投げ入れる。


「金は天下の回りものってな」


箱の中身をほとんど使い果たすと男は再び夜の闇に消える。

これは江戸を騒がす大泥棒と1人の女性の物語である。





「貴様、何をしている!」


「やべ、逃げるしかねぇ」


「ねずみ小僧だな、今宵が年貢の納めどきだぞ!」


窃盗を重ねる内に『ねずみ小僧』なんて呼ばれるようになっちまった。


「その名前、きにいってないんだよなぁ」


そうボヤいても何もしょうがない。今はただ逃げるだけだ。

「はぁ…はぁ…」


今日の追っ手はしぶといな。さすがに疲れた俺は近くの部屋に身を隠す。


「障子が全開だなんて、不用心だな」


俺がそんな心配したところでもう遅いよな。改めて部屋を見渡す。さすが将軍様の根城と言ったところだ。


ガサッ

隣で物音がした。追っ手か?いや、それにしては静か過ぎる。

障子をそーっと開ける。そこには縁側に座っている1人の少女がいた。


(こんな時間に何してんだよ)


そう思っているといきなり少女がこっちを見た。完全に目が合う。


(やべぇ)


そう思った俺は障子を閉めようとした。しかし、彼女は騒ぐどころか静かに目線をズラす。


(えっ…なんなんだこいつ…)


少し不思議に思った俺は障子を開ける。今度は大々的に彼女と対面する形になった。


「何か用?」


今度はこちらを振り向きさえしない。


「何か用って…普通は怖がったりするだろ」

俺は当たり前のことを言ったつもりだ。それでも少女が怖がる素振りをみせることは無かった。


「怖くないのかよ」


そう訪ねると彼女はこちらに振り向いた。


「怖いなどとは思わん

なぁ、ねずみ小僧よ」


少女は俺のことを知っていた。まぁ、江戸一番の大泥棒だから仕方ないか。


「ちっ、調子狂うなぁ」


何とも不思議な出会いだった。まだ幼くみえるのに雰囲気はとても大人びている。


「そなたは優しい盗賊だと巷で有名だ。

それとも、妾のことを殺すのか?」


少女の目は据わっていた。俺の心の内を見透かしている、そう思った。

「別に殺さねぇよ。

お嬢ちゃんはこんな夜更けに何してんだ」


俺は縁側に腰を下ろす。腹を凹ませた月が綺麗に光っている。


「月を見ていたんだ。あと、子供扱いなどするな」


「子供扱いって、どう見ても子供じゃないか」


そう言うと少女は今日一番のしかめっ面をみせる。

「無礼者、妾はもう18だ。男であればとうに元服しておる」


どう見ても18には見えなかった。良い意味で幼く見えた。


「そりゃ失敬しましたね、お姫様」


「飛鳥だ、飛鳥で構わない」


本当に変わった女だ。初対面の、しかも泥棒に名を教えるなんて。

「はいはい、飛鳥姫君ね」


「姫君など付けるな。そんなもの重荷なだけだ」


彼女はそう言うと月に目を戻した。


「それ何読んでんだ」


飛鳥の手元には一冊の本がある。俺は彼女のことを知りたかった。


「これは傾城水滸伝。そなたも本が好きか?」


残念ながら俺は本を読むのが苦手だ。

「いや、本なんて春本くらいしか読まねぇなぁ」


洒落のつもりで答えた。彼女は呆れ半分に笑いながら言う。


「これだから男は嫌いだ。

でも…そなたも人の子なんだな」


不思議な言い回しだ。俺はどっからどう見ても人間だろう。

「義賊なんて持て囃されているが所詮は人の子だったという訳だな」


イタズラに笑われる。なんだか悔しくなる。


「なんだよ、飛鳥だって年頃なのに嫁にも行けないくせに」


子供みたいに言い返す。飛鳥からは余裕な雰囲気が滲み出ていた。


「妾は自由に生きたいだけだ」

「嘘つけ。政略結婚でも貰い手がいないんだろ」


「こんな平和な時代に政略結婚など必要ないだろう。妾はここで本を読めればそれでいい」


終始冷静な飛鳥に自分も冷静さを取り戻す。


「平和ねぇ…やっぱりお姫様にはそう見えてんだねぇ」


飛鳥は不思議そうに俺を見た。



「俺もそろそろ家に帰るわ。じゃあな、飛鳥」


つい話し込んでしまった。逃げていることを忘れそうになる。


「ねずみ小僧よ、良かったらまた話し相手になってくれ」


泥棒に話し相手を求めるなんて、やっぱりどこかで変わり者だ。


「…〇〇だ。

ねずみ小僧って呼び方は好きじゃない」

そう告げると俺は部屋を後にした。もう俺を追う役人もいない。


「不思議な姫君だ」


終始落ち着いていて、自分の世界があるように見受けられた。それに…


「良い奴だったな」


金持ち特有の嫌な感じがしなかった。

「いや、良い奴なのか?」


自問自答をしながらも俺は今日も獲物をばらまいた。

fin.

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