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誰が為 第二話




あれから少し日にちが経った。俺は久しぶりにあの城に盗みに入る。


「相変わらず、ここの警備はどうなってるんだか」


我ながら心配になる。なにせ国の心臓がこんなに侵入しやすいんだからな。

今日は警備に追われる様なヘマはしなかった。俺は帰り道、あの部屋に立ち寄る。

「ここも相変わらずの不用心だ」


縁側の障子は全開。やれやれ。

部屋に入ると隣の部屋の襖を少しだけ空ける。いきなり入って、寝てたら悪いからな。


「久しぶりだな〇〇」


まだ少ししか空けていないのに飛鳥は俺に気づいた。


「なんだその友達みたいな感じは。一応、これでも泥棒…」


「そんな堅苦しい話は聞きとうない。近う寄れ」


飛鳥は俺の言葉を遮り、自分の要求をぶつけてきた。


「本当、調子狂うわ」


俺は渋々…いや、少し楽しみな気持ちで飛鳥の隣に座った。


「久しぶりだな。妾は寂しかったぞ」


そう言う顔は全く寂しそうではなかった。

「嘘をつけ。それに、毎日同じ所に盗みになんて入れるか」


連日で盗みに入ったら流石の俺でも直ぐにお縄だ。


「それもそうか。でも、寂しかったのは本当だぞ」


上目遣いで俺を見つめる。よく見たら可愛らしい顔だ。


「だからお主に命じる。これからは定期的に会いに来い」


まさかの要求に普通なら驚く。でも、目の前にいるのは我儘なお姫様。


「はいはい、分かったよ我儘姫」


そう言うとさっきまで可愛らしかった顔は頬を膨らめていた。


「貴様、また子供扱いしたな。叫ぶぞ?」


思ったよりも怖い脅しだ。まぁそれでも逃げられるけど。


「悪かったよ、そう怒るなって」


俺は飛鳥の頭を撫でる。飛鳥は満更でもなく頬を緩めた。

大人びた雰囲気でもこいつはまだ18だ。それに俺は子供の扱いは慣れている。


「今日までにどんな盗みをしたのだ?」


目を輝かせながら聞いてきた。将軍の娘が聞くことじゃない。

「そうだなぁ…この前は東の商人の屋敷に…」


俺も素直に話した。こいつに話しても大丈夫、そんな根拠の無い自信があった。

まだ月は高い。今日の月はすっかり腹が膨れている。

夜はまだ長い。




「今日は本じゃないんだな」


飛鳥の手元には筆と短冊が置いてあった。


「将軍の娘となれば教養が必要なんだ。今日は満月、句を詠むにはちょうど良い」


こういう所は姫君っぽいな、そう思ったが口には出さない。飛鳥がまた拗ねるのが目に見えていた。


「じゃあ今、一句詠んでくれよ」


たまには飛鳥の知的な面に触れてみたかった。


「えっ…今は…その…」


飛鳥は言葉を濁していた。こいつ、まさか…


「まさか、詠めないのか?」


飛鳥は恥ずかしそうに語気を強めた。


「きゅ…急に言われても準備不足なんだ!」

「飛鳥静かに!捕まっちまうよ」


咄嗟に飛鳥の口を手で覆った。こんなんでお縄になるのは馬鹿だ。


「すまん。…今、句は勉強中なんだ」


冷静さを取り戻し、飛鳥は月を見つめた。


「我儘姫に句が詠める日は来るのかなぁ」


俺も月を見た。吸い込まれそうな満月だった。

「お主が捕まって処刑されたら、墓前に備えてやる」


「なら一生詠めねぇじゃねぇかよ」


我儘姫から生意気姫に変わった飛鳥。俺たちは目を見合わせるとイタズラに笑いあった。


「捕まるなよ。大切な話し相手だからな」


飛鳥なりの心配。本当に我儘で生意気で…不器用な奴だ。



「じゃあ、そろそろ帰るわ」


色々な話が弾み、すっかり月が傾いていた。


「ふぁーーあ…そろそろ床に就くか。そうだ〇〇、これ」


飛鳥はそう言うと戸棚から一冊の本を取り、俺に手渡してきた。


「なんだよこれ」


久しぶりに本を手にした。寺子屋の往来物以来だ。

「たまには春本以外のものも詠め。感想、楽しみにしているぞ」


気は進まなかったが断る訳にもいかない。渋々懐に本を閉まった。


「じゃあな飛鳥」


飛鳥が俺に手を振る。恥ずかしかったが俺も手を振り返す。

今日はもちろん追っ手などいない。瓦の上を走る必要も無い。


「本、どうすっかなぁ」


変わり者の姫君に付き合うのも大変だ。それでも、どこかでそれを楽しんでいる自分もいた。


「まぁ、ゆっくり読むか」


俺は腹を括る。そうして俺は今日も獲物をばらまいた。


fin.

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